実践する思考

教師としての日々の工夫・政治学徒の端くれとしての社会問題への所感など…

【書評】ヒルビリー・エレジー

人は生まれる場所や時代を選ぶことはできない。だからこそ、自由と平等の国アメリカでは、逆境から成功することがアメリカン・ドリームとして称えられてきた。しかし、今やそれは本当に単なる夢と化しつつある。

 

著者はイェール大学を修了したエリートながらも、ラストベルトで青年期までを過ごした異色の経歴を持つ人物である。まさにアメリカン・ドリームの体現者だ。本書では、彼の壮絶な(といいつつもラストベルトでは一般的な)人生を遡り、またいかにして彼がそうした境遇から抜け出したのかを教えてくれる。

 

アメリカン・ドリームという信念が共有されるには、高い社会的流動性の存在が前提にある。つまり、個人の努力次第で成功を勝ち取ることができる社会が前提として想定されている。しかし、二つの階層を経験した著者の体験からわかることは、アメリカ社会において厳然たる格差があり、さらにはそれが世代を越えて固定化しつつあるという現実である。

 

ラストベルトは、かつて工業の盛んだった地域である。しかし、今では主要企業が撤退し、かつての盛況ぶりはない。そうした中で経済的な困窮は様々な影響を与える。たとえば、文化資本の多寡であろう。貧しい場合、本を買うお金は限られる。必要な文房具ですら揃えるのは難しい。貧困は教育の機会すら奪うのである。また、経済的な困窮はつながりの格差をもたらす。貧困は時には犯罪へと走らせる。だが、もしもつながりがあれば、文房具や本が提供されるかもしれない。少なくとも必要なものを揃えるために犯罪に手を染めるのを思いとどまらせてくれるだろう。

 

しかし、ラストベルトの多くの人たちは、つながりもなく貧困にあえいでいる。それは自分たちの生活がこのまま変わらないのだという思いを強めることにつながる。すなわち、将来への希望をなくしてしまうのだ。希望の欠如は労働者の気力を奪い、格差の固定化につながる。こうした社会的流動性の欠如によってアメリカン・ドリームが神話と化しているのである。「いつかは成功できる」という信念に疑いの目が向けられ、むしろ「生まれによって人生が決まる」という信念を持つ人が大勢を占めたとき、果たしてアメリカ国民は互いに同朋意識を持てるのだろうか。格差が進行しつつあると言われる日本においても他人事ではない。

 

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

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