新卒教員の教科書

教師としての『教科書』がない。だったら自分で作ればいいんだ!そういう思いから始めました。

教育の原理

国家の働きは多岐にわたる。税金の徴収、公共財の提供・管理、法律の作成・承認、治安維持、はたまた外交・軍事まで、日常生活から国家の安全保障まであらゆることを担っているのが国家なのだ。では、そこでの重要な事柄を決めているのは誰なのか。議会制民主主義を採用する日本においては、決定者は国民の代表である政治家である。そして、代表者を選出するのは、言うまでもなく国民である。つまり、原理的には最終的な決定権力を国民が有していることになっているのだ。

 

ここで、国民が最終決定者たる始原に遡ると、社会契約説に行きつく。社会契約説とは、政府(国家、社会)は社会の構成員間の契約によって成立するという思想であり、重要なのは自らの基本的人権の保障のために人々が契約を結ぶという点だ。つまり、国家を作った主体が国民なのであり、だからこそ、その在り方を決める権限があるのだ。国家・社会の在り方を決める、ソーシャルメイキングの主体は国民なのである。国家の働きが大きいからこそ、その在り方を決める国民の責任も大きい。

 

したがって、国民が身に着けるべきは社会を作る能力を備えることとなる。そのためには、まず社会がどのようなものか、法律や経済などの仕組みを知る必要がある。次にそうした社会の仕組みが適切なのかを判断すること、そのための判断基準(価値観)を持つことが重要である。もし政策や法などが適切であれば維持していけばよいし、不適切であれば変えていけばよい。もちろん、選挙の際に代表者の政策を自分の価値観に照らして判断できることが大事なのは言うまでもない。

 

思うに教育の役割はこうした能力を涵養することである。もちろん、すべての国民が上記の能力を全て身に着けるのは現実的には無理な話である(教える私自身もすべて身に着けているかどうかは極めてあやしい)。しかし、理想は目指すためにある。民主主義が永久に完成することのない革命であるように、その主体を育てる教育も永久に完成することのない営みであろう。教育者として、こうした理念をもって日々の教育に当たりたい。