新人教員の教材研究ノート

教師として学んだことを発信します。主に地歴公民科の教材研究を通じての内容が中心です。

選挙なんて意味ないんじゃないかな ~カウンターデモクラシーについての覚書~

選挙なんて意味ないんじゃないか…。 

高校生の頃から感じていた疑問とは裏腹に、「選挙に行こう」という標語が日常生活の至る所で散見された。特に2015年に選挙権年齢が引き下げられてから、18歳選挙権を推進する運動で世間は大きく盛り上がった。しかし、そうした運動があっても、全体としての投票率は低下の一途をたどっていた。「選挙の大事さ」を強調する議論も、一部の声が大きい人たちの動きがメディアにピックアップされたために盛り上がったかのように見えただけだったようだ。

「結局選挙は意味がないのか…」。そうした長年の疑問に答えを出してくれた概念に、つい最近出会った。それが、今日紹介するカウンターデモクラシーである。

カウンターデモクラシーは、政府に対する信頼と不信の2つの軸から成り立つ概念であり、市民の働きに重点を置くものである。すなわち、選挙の際の投票は政治家に対する有権者の信頼を表す。一方で、選挙と選挙の間(執行)と、選挙の際とで有権者の意思には変化が生じる。代表が有権者の意思を体現することだとすれば、有権者の意思の変化にも対応しなければならない。そこで、執行の際に有権者が代表者を監視すること、すなわち不信感の表明によって、政府をコントロールすることが可能となるのだ。この不信感の表明が2つ目の軸である。

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カウンターデモクラシーが注目されるようになった背景には、近年における代表制民主主義の機能不全の問題がある。それは選挙の機能不全の話と密接に関連している。まずは選挙の機能を確認していきたい。ピエール・ロザンヴァロンによれば、選挙とは以下の3つの機能を有している。すなわち、「代表機能/統治者の正当化機能/議員をコントロールする機能」(ピエール・ロザンヴァロン、pp.60-61)である。これらの機能の中でも、特に代表機能が効果を失いつつあるという。

第1の代表機能であるが、社会の複雑化によって個々人の価値観が多様化したことは、政党が利益を一元的に集約することを困難にし、有権者の多様な利害を代表することを不可能にした。第2の統治者の正当化機能であるが、投票率が低下し、選挙自体の有効性が問われている中で、その正当化機能も低下している。第3の議員のコントロール機能も意味をなさなくなっている。たとえば、代表者が選挙の際に掲げた公約が完全に実現されることはあまりない。もちろん、一部の公約は実現されるが(トランプ大統領は選挙公約31個のうち、15個を大統領令で実現した)、「全てが完全に」ということはあり得ないからだ。

代表機能が機能を失いつつある背景には、第1に社会の多様化という現象がある。社会が多様化し、様々な価値観を有する人が多くなると、「多数派」というものが存在しなくなる。すなわち、従来はある一定の価値に賛同する人が社会の中で多数を占めていたが、現在では様々な価値を持つ「少数派」が増加し、代表者が「多数派の利害」を代表することが困難となったのである。

第2に立法府の形骸化があげられる。立法府が議論の場でなく、行政の政策を認可するだけの場となってしまったのだ。すなわち、議会よりも行政権力の方が強大となってしまったのである。いわゆる政治主導のことであり、日本においても国会は議論の場でなく内閣提出法案を認可する場となっている感が否めない(内閣提出法案の成立率は約90%であり、議員提出法案の成立率は年にもよるが、10~20%ほどである)。

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では、こうした問題にカウンターデモクラシーはどう向き合うのか。それは、代表の回路を増やすことである。そもそもカウンターデモクラシーは、代表制民主主義の機能不全という文脈で論じられている。代表制民主主義の機能不全は、選挙の機能不全に由来するところが大きい。つまり、選挙を絶対化せずに、代表の手段の一部と捉えることに特徴があるのだ。他の代表手段として、ロザンヴァロンがあげるのは、デモやSNSNGONPO、司法などである。司法に関しては、現在の世代ではなく、先哲の考えを反映するというユニークな考えをロザンヴァロンは述べていた。こうした運動を通じて、選挙以外の時でも政府をコントロールしようというのだ。

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かつてルソーはこうした言葉を残している。

「イギリスの人民はみずからを自由だと考えているが、それは大きな思い違いである。
自由なのは、議会の議員を選挙するあいだだけであり、議員の選挙が終われば人民はもはや奴隷であり、無にひとしいものになる」(中山、p.192)。

選挙の有効性を疑問視する声は200年以上前から存在していたことになる。実際、選挙は機能不全に陥りつつある。しかし、まったく意味がないのではない。代表者への信頼という機能が託されているのだ。選挙に意味がないと悲観するのではなく、選挙と合わせて、どのような手段を見つけ、行使していくかが重要である。現状の問題点に対処する有効な手立てとしてカウンターデモクラシーをとらえ、自分に何ができるか、市民一人一人の役割を考えていきたい。とりわけ、教育を通じて、何ができるか、カウンターデモクラシーを支える市民の能力に何が必要なのか、知見を深めていきたい。

参考

・ピエール・ロザンヴァロン「ポピュリズムと21世紀の民主主義」pp.58-116、エマニュエル・トッド、ピエール・ロザンヴァロン他著(2018)『世界の未来 ギャンブル化する民主主義、帝国化する資本主義』、朝日新聞出版

・ルソー著(2008)『社会契約論』中山元訳、光文社

・山本達也「ソーシャルメディアがカウンターデモクラシーに与える影響―情報通信技術と民主主義をめぐる一考察―」pp.91-104(2017)『清泉女子大学紀要』