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「人生をどう生きるか」がテーマのブログです。自分を実験台にして、哲学や心理学とかを使って人生戦略をひたすら考えている教師が書いています。ちなみに政経と倫理を教えてます。

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論文「平等と格差の社会思想史」まとめ

 

 

右を向いても「格差」、左を向いても「格差」である。

格差が社会的に「問題」として認識されているようだ。書店に行けば、「格差」を冠した本が平積みにされているし、ニュースでも格差に関する言説が飛び交っている。今回とりあげる論文では、格差と平等という概念が歴史的にどのようにとらえられてきたのかが詳細に書かれている。著者はフランスの歴史政治学者、ピエール・ロザンヴァロンである。

格差の問題点

そもそも格差の何が問題かと言えば、それが人々の公共心を失わせるからである。

人々がそこに格差があると痛感するのは、異なるルールが別の集団に適用されていると感じているときだ。彼らはダブルスタンダード、そして自分たちに有利なようにゲームを操作し、管理する人々に対して強い憤りを示す。こうした感情は社会的不信を高め、これによって、福祉国家の正統性も損なわれる。課税に対する嫌悪感が蔓延し、だれもが自己利益を重視した行動をとるようになり、最終的にパブリックマインドが損なわれる。(p.54)

「異なるルールが別の集団に適用されている」というのは、特定の集団のみを優遇するということだ。加計学園が国家戦略特区で優遇されたかもしれないという疑惑は、まさにそれにあてはまるだろう。そうした人々の猜疑心が高まれば、社会的不信、ひいては政治不信が高まっていく。

 格差に対する認識の推移

さて、ここで格差について歴史的に見ていきたい。19世紀まで遡ると、社会のあらゆる考えの中で中核的な考え方は「個人の責任」論であった。当然、格差の原因も個人によるものだとされた。しかし、19世紀末から20世紀にかけて、格差というのが社会的な要因によるものだとされる。ここで、格差は政府にとって大きな問題となる。

政府にとって格差が問題視されるようになったきっかけは、労働運動と普通選挙制度の導入だった。社会主義思想が労働者に浸透し、プロレタリア革命が起こるのを防ぐために、各国は社会保障政策などを通じて福祉国家への道を歩んだ。1917年にソビエト連邦が成立したことで、労働者による革命は現実的な危機となった。そして、その12年後には世界恐慌が発生した。そうした中で、各国政府は、共産主義対策の一環で、格差是正の政策を打ち出していったのである。

また、ロザンヴァロンは第一次世界大戦を経験したことの重要性に関しても言及している。戦争は、人々が国家というコミュニティの一員であることを認識させた。戦争体験の共有は人々を連帯へと向かわせた。この連帯意識が、所得再分配政策へのコンセンサスを生み、福祉国家の基盤となったのである。

 近年の格差への潮流

しかし、ここ数十年で、再分配政策を通じた格差是正政策という流行は消えつつある。その背景には、共産主義が崩壊し、労働運動への危機感が消え、プロレタリア革命が現実感を失ったことがある。政府にとっての懸念は、革命よりも移民やテロ、治安などの問題へと変化したのだ。

この背景をロザンヴァロンは以下のように述べている。

殆どの国は二度の世界大戦に深く関与したが、その後、長期的な平和の時代が続くと、連帯責任と共有する運命を象徴する国家コミュニティへの帰属意識も薄れていった。かくして福祉国家は深刻な危機に直面した。財政的理由からだけでなく、個人の責任が社会生活を規定する要因として復活したことで、社会的危機という概念さえ形骸化した。(p.52)

ここにおける社会的危機とは、簡単に言えば、社会的な統合が崩壊しつつある状況を指す。しかし、そもそも個人の責任を当然視するようなバラバラの社会では、統合の欠如した状況は危機ではなく通常時と変わりがない。したがって、それはもはや危機ではない、という意味で形骸化していると述べているのだ。

このような状況の出現は、格差是正政策を促す外的要因の消滅を意味する。しかし、ロザンヴァロンによれば、格差を是正しようという試みが新たに2つ生じているという。

1つがポピュリズムであり、もう1つが機会の平等を重視した運動である。しかし、前者に関しては、排外的な平等を推進するという点で欠陥があり、後者に関しては、機会の平等が個人を前提にした考えであるために、突き詰めると無秩序な社会を生み出してしまうという欠陥を持っている。では、どうすべきか。

 解決策は

ロザンヴァロンによれば、共同体の絆を目安にした平等を構築すべきだという。その平等は次の3つから成る。①人々が(個人主義ではなく)市民間の相互関係、まとまりをもっていること、②(他の人々や組織との)相互関係が成立していること、③(コミュニティ全体の)コモナリティ(共有性)への認識が存在することである。

とりわけ、社会における相互関係の回復が、平等社会創設の重要な第一歩という。

相互関係としての平等とは、まず何よりも、扱いと関与の平等を意味する。制度への信頼を維持するには、特殊利益を優遇する法律を見直し、国の活動全般の平等性と透明性を高め、社会保障制度、税制の乱用を食い止めなければならない。(p.54)

政治不信の背景には、相互関係の欠如があるのかもしれない。そこで、ロザンヴァロンは教育について提唱する。

平等な社会に必要な第3の要素とは、社会を支えるコミュニティ意識をはぐくむことだ。(p.54)

彼が理想とするのは、共同社会を作り上げるために、社会の一員としての活動に参加する人々である。彼はこうした市民像をコモナリティと呼んでいる。

個人化が進展した現代社会において、一元的な価値観で社会を規定することは不可能である。だからこそ、「抽象的な普遍主義、あるいは特定のアイデンティティを基盤とする共同体主義ではなく、むしろ、個人の特異性を開花させ、それを認める社会が必要になる」。ポピュリズムのようにナショナリズムを喧伝したり、人権のような「普遍主義」に傾いたりしては、平等は実現されないのである。

格差は、政治制度や経済制度を空洞にしてしまう。格差を助長する要因を除去するには、異なる個人を尊重し合うこと、相互関係によってつながった社会、社会的コモナリティを基盤とする民主的平等のビジョンが必要となる。それこそが、公共政策のコンセンサスを形成し、経済的な格差だけでなく、社会的平和と協調への指針ともなるだろう。ロザンヴァロンはそう述べて、論文を締めくくる。

まとめ・疑問

  • カウンターデモクラシーとの関連はどうなっているのか…連帯した社会が政府に対して反抗するのか?
  • 相互関係によってつながった社会とは、たとえばどういった社会か。
  • 社会的コモナリティを基盤とする民主的平等とは…社会参加という関与に関する平等のことか。
  • 冷戦時代のように、国家が一丸となって対処すべき敵が存在しないことが、福祉国家衰退の一因となった。
  • 再分配政策があまり実施されなくなったと書いてあったが、日本においてはどうなのか、政策面に関する検討が必要であろう。

参考

ピエール・ロザンヴァロン(2016)「平等と格差の社会思想史——労働運動からドラッカー、そしてシュンペーターへ」フォーリン・アフェアーズ・レポート2016年2月号、pp.47-55

 

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