新人教員の教材研究ノート

教師として学んだことを発信します。主に地歴公民科の教材研究を通じての内容が中心です。

財政の機能

来年度の概算要求基準が決まった。早い話が、来年度に各省庁の使える予算がどのくらいかが決まったわけである。ここで財政に関してしっかりと理解する必要性を感じたので、まとめてみたい。

財政とは「政府が税金を徴収したり、公債を発行することで資金を集め、それを元手に支出を行う経済活動」である。予算規模が100兆円を超えることもあり、政府が経済に与える影響はきわめて大きい。そもそも、政府が経済活動に介入する理由は何なのか。それは市場が万能ではないからである。

では市場とは…

市場とは「需要者と供給者が財・サービスを貨幣を仲立ちに交換する場」である。つまり、商品が売買される場のことだ。経済学的な理想では、市場を通じて資源が最適に配分される。しかし、実際には資源が最適に配分されるわけではない。現実には市場の失敗が生じるのだ。たとえば、警察という公共サービスを例にとろう。警察の供給を民間に任せれば、対価を支払える人はその恩恵を享受できるが、支払い能力のない人はサービスの対象外となる。治安維持という社会全体に不可欠なサービスは市場では供給が困難なのである。富裕な地区はセキュリティが充実する一方で、貧困地域は治安が激しく悪化する。警察機能の供給の有無がアメリカのゲーテッド・コミュニティのような状況が生じうる。このように、公共的な財・サービスの供給は市場だけでは最適に配分されない。

だからこそ、政府の役割が重要になってくる。民間ではうまくいかない機能を代わりに政府が担うのである。財政には3つの機能があり、第1の機能が「資源配分」である。第2に所得の再分配であり、第3に「景気の自動調整機能」である。

第1の機能:資源配分

まず第1の「資源配分」機能が必要とされるのは、市場では公共財が適切に配分されないからである。ここにおける「資源」とは生産要素のことであり、主に「土地(天然資源など)」「資本」「労働」の生産の3要素を指す。すなわち、「資源配分」機能とは、公共財を生産するためにどの資源をどれくらい配分するかということに関するものである。たとえば、一般道路という公共財を生産するために必要な資源を考えてみよう。まず、道路を建設するためには用地(土地)を買収する必要がある。材料にはアスファルトと砂利(天然資源)が必要だろう。そして、それらを元に作業員(労働)がローラーなどの建設機械(資本)を使用して、工事を行う。政府が資金を生産要素に投入することで、公共財が提供される。

もしこうした公共事業を民間企業が行うとどうなるか。民間企業(私企業)の目的は利潤追求なので、建設にかかったコストを回収するために道路利用者から利用料を徴収するだろう。それでは財の恩恵にあずかれない人が生じてしまう。だからこそ、政府の役割が重要なのだ。

第2の機能:所得再分配

次に第2の「所得の再配分」機能について見てみたい。市場は資源を最も効率的に分配するシステムである。しかし、それはあくまでも「効率的」であり、「平等」「公平」に分配するシステムではない。自由競争を基幹とする市場システムにまかっせきりであれば、貧しいものはより貧しく、富める者はより裕福になることもある。格差が著しく拡大するような状況は、平等を旨とする近代以降の社会通念や民主主義に著しく反する。こうした背景から所得の再分配を政府が行うようになった。具体的には高所得層から低所得層へと所得が配分される。政府は累進課税という形で高所得者から税を徴収し、社会保障や義務教育費の負担などで低所得者へとサービスなどの形で所得を還元する。時には児童手当のように現金で分配する方法もある。

第3の機能:景気の自動調整機能

第3の景気の自動調整機能は、公共投資や減税(増税)などを通じて景気の安定化を目的とするものである。不況期には減税や公共投資の減少、好況期には増税公共投資の増加などで景気が安定化するというものだ(他に裁量的財政政策もあるがここでは触れない)。こうした機能が求められたのには、歴史的な経緯がある。そのきっかけは今から約90年前に遡る。1929年、ニューヨークで株価が大暴落した。世界恐慌の始まりである。それまでの経済学的常識では恐慌は起きないと「されていた」(実際には19世紀においても不況はたびたび生じている)。というのも、古典派経済学においては「供給は自ら需要を作り出す」というセイの法則が常識とされていた。つまり、商品を生産すれば(供給)、必ず購入され(需要)、当然失業者も発生しないという供給側中心の論理が取られていたのである。

しかし、実際には売れ残りも失業者も発生する。不況という市場の失敗が生じたのだ。ここでケインズという経済学者はセイの法則を批判し、需要が供給に先行すると主張した。すなわち、商品が売れないのは需要が不足しているからであり、だからこそ、需要を作り出すことが必要だとしたのである。ただし、この場合における需要とは、商品を購入できる金銭的な裏付けのあるものであり、それをケインズ有効需要と呼んだ。政府が公共投資などを通じて失業者を雇用し、給与を支払うことで、有効需要が創出できるとされた。ここにおいて、政府が経済活動に積極的に介入することが求められるようになったのである。

市場はいつでも成功するわけではない。市場の失敗はいつでも起こりうるからこそ、財政が必要なのだ。

さて、財政活動は税金が主な原資となる。公共財を提供しようにも、税収入が不足していれば、公債を発行して補わなければならない。もし債券が発行できなければ、自由に財政活動はできないだろう。現状のような財政規模の拡大は、国債発行が無制限だからこそ可能なのではないだろうか。つまり、税金を増やさずとも、財政政策を行えるのは政府が自由に資金を調達できるからなのではないだろうか。歴史的に見れば、財政問題が国家の破綻をもたらしてきた。革命の発端は課税の拡大である。次回は政府の無制限な国債発行について考えてみたい。