Shiras Civics

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「人生をどう生きるか」がテーマのブログです。自分を実験台にして、哲学や心理学とかを使って人生戦略をひたすら考えている教師が書いています。ちなみに政経と倫理を教えてます。

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財政規模はどうしてここまで肥大化したのか-福祉国家の誕生-

政治学を学んだ当初、経済と政治の結びつきにピンとこなかった。しかし、経済学もある程度学ぶようになると、両者は密接なかかわりを持つことが分かった。さて、今回の記事は財政の続編になる。

福祉国家ができたわけ

財政とは

財政とは「政府が税金を徴収したり、公債を発行することで資金を集め、それを元手に支出を行う経済活動」である。政府に求められる役割は多岐にわたる。

というのも、財政の目的は「公共需要の充足」、すなわち人々の共同的な需要の実現にあり、広く国民が政治に参加する民主主義国においては、必然的に財政規模が拡大せざるを得ない。

こうした国家の在り方を福祉国家という。今回のテーマは財政規模が拡大したきっかけ、つまり福祉国家の誕生についてである。

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福祉国家形成の時期

岡本英夫によれば、福祉国家の形成期は第1次世界大戦から第2次世界大戦の間に求められるという。

第1次大戦以前の資本主義において、市場は自律的と「されていた」。したがって、政府は市場に余計な介入をしないという自由放任主義が取られていた。

しかし、金本位制の崩壊や失業や恐慌などの市場の失敗を克服するために政府が経済活動に介入するようになると、国家が市場の働きを補完する混合経済体制がとられていく。

市場が失敗するということが自明の理となり、ケインズ経済学の登場のように従来の経済学が転換し、さらには管理通貨制度への移行、普通選挙制度の導入など経済的・政治的な転換点と福祉国家の誕生は時期が重なる。

夜警国家の時代

夜警国家の時代において、財政活動の目的は支配階級の利益実現であった。市民革命の結果、王制に変わって民主制が採用された。

しかし、実態は厳しい制限選挙制が敷かれ、一部の富裕層(商工業者など)に政治参加の道が限定された、名ばかりの民主制であった。

したがって、支配層である富裕層が経済活動に集中できるような環境を整備することが政府に求められた。たとえば、夜盗が出ては物流が滞り、商業活動が停滞してしまう。だからこそ、治安維持や国防が政府に求められた。

また、橋の建設や道路の舗装など最低限のインフラ整備も政府の仕事であった。流通の促進にはインフラストラクチャーが欠かせないからだ。小さな政府で十分だったのだ。

福祉国家の形成期へ突入

しかし、政府の性質が変化することで、財政規模が拡大するようになった。すなわち、普通選挙制度の導入によって広く国民の要求が政治回路に反映されるようになり、多様な利害の調整及び国民の福祉の増大が政府の目的となったのだ。

普通選挙制度導入の背景には、世界大戦が総力戦となり、国民全体が戦争の遂行に貢献したこと、および労働運動の激化という事情があった(それについては次の記事に詳しく書いた)。

労働者階級の政治参加は、利害の多様化をもたらし、政府の財政政策に変化をもたらした。また、社会権などの人権思想が浸透したことも政府の質的変化の流れを後押しした。

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そもそも労働運動が激化したのは、失業者が大量に発生したり、恐慌が発生するという市場の失敗があったからだ。つまり、市場の自律性の限界が露呈したのである。

そうした中で、恐慌の影響を被った農民や労働者は運動を組織化した。運動の激化によって、失業や恐慌、格差などの市場の失敗が、政府にとって是正すべき「社会問題」と化したのである。

こうした中で普通選挙制度の導入は、労働者や農民が組合や政党などを通じて、自らの主張を実現することを可能にした。

また、社会権思想の定着もその実現を後押しした。たとえば、教育を受ける権利や生存権などであり、教育政策の拡充や生活保護などの所得移転の拡大といった公共サービスが増大した。

1942年のベヴァリッジ報告は福祉政策の必要性を説いた嚆矢であろう。

 

このような社会保障政策の充実と同時に、政府による経済活動への介入によって社会問題の是正を試みられた。すなわち、ケインズ主義的な政策が行われるようになったのだ。

世界恐慌を契機としてアメリカのルーズヴェルト政権が積極的財政政策を採用した。有効需要を生み出すために、ダムや港湾の整備など公共事業に大量の資金が投入されるようになった。

ここにおいて、労働需要の創出と社会保険などの福祉政策が政府の重要な役割となったのである。 

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安定的な福祉国家体制の成立には

しかし、岡本は戦間期福祉国家的政策は一過性の、しかも国際的な連携を欠いた特殊一国的な政策に過ぎないとする。

福祉国家体制が定着するのは第二次大戦の終結を待たねばならなかった。福祉国家を安定化させる条件として次の3つがあげられている。

①戦後先進資本主義諸国の内部で福祉国家的な改革がなされ、それが定着
すること

②各国福祉国家間でその体制が相互連関的に発展していく関係が生まれ、世界的連関をもったシステムとして定着すること

福祉国家体制に正統性を付与する普遍的人権という概念が、国内政治のみならず国際政治においても重要な地位を獲得すること(岡本、185頁)

 

ともあれ福祉国家の成立条件は以下のようにまとめることができる。

①市場の自律性への疑義と、政府による経済介入

普通選挙制度の導入による労働者の政治参加

社会権思想の定着に伴う福祉政策の拡充

こうした整理の中で、国家を扱う政治学と市場を扱う経済学が密接に関りを持っていることを掴めた。市場に関するパラダイムシフトが国家の在り方を変えてしまったのだ。専門分野を持つことも重要だが、学際的に学ぶ必要性も大いに感じた。

◆参考

岡本英男「福祉国家と資本主義発展段階論」東京経済大学経済学会(2015)『東京経大学会誌 第285号』