去年の今頃、韓国では日韓協定が政治問題化していた。
文在寅大統領が見直しを示唆したからだ。
それに関して、去年こんな記事を書いた。
要点をまとめれば、
- 韓国は自由民主主義国家と言われる。
- 国際法では、「合意」は拘束する、という原則がある。
- 国家間で結ばれた法(この場合、協定)は国内法に優越する。
- 合意を基礎にした法による統治を法の支配という。
- 法の支配は自由主義的な原則である。
- しかし、韓国では合意が度々反故にされる。
- つまり、自由主義の原則を守っていない。
- それは国内世論の動向を受けて行われる。
- つまり、民意を反映した結果として日韓合意の反故(あるいは見直し)が行われている。
- ここから、民主主義の原則に則っていると言える。
- 以上から、韓国は民主主義的ではあるが、自由主義的ではなく、自由民主主義国家とは言えない。
ということを書いた。
ちなみに日韓合意では日本に対する請求権は消失したということが合意されている。
ところが今回の徴用工賠償の問題だ。
新日鉄住金が賠償を命じられ、韓国内の資産を差し押さえられた。
あれ。請求権は消滅したんじゃ。
それに、徴用の主体は日本政府であって、私企業である新日鉄住金じゃないんじゃ。
色々持っている知識でも説明がつかないため、いろいろ調べてみると面白い記事を見つけた。
どうやら今回の問題は法学的に見ると、合意の解釈をめぐる問題と言えそうである。
韓国の司法府は、あくまでも日韓合意は個人の請求権を含んでいない、という判断の下で、個人の請求権を認め、賠償判決を下した。
しかも、三権分立の下で司法府が下した判断であるから、行政府の意向が反映されていない、という。
しかしだ。
日本でも、社会の動向を反映して判決が下る場合がある。
再婚禁止期間を定めた民法の条文が憲法に違反するとして最高裁判決が下った。
明治時代に作られた規定は、DNA検査技術などの進歩によってもう妥当性を持たない、というものだ。
今回の韓国の徴用工訴訟も韓国民の世論を受けて、のように思う。
というのは、韓国では度々反日の気運が高まるからだ。今回も日本に反感を持つ世論が大勢だったことが裁判官が賠償命令を下した動機の根底にあると思えてしまう。
ましてや、合意の解釈に齟齬があるならば、なぜそこを法的に突き詰めた上で議論を日韓政府でしないのだろうか、一方的な解釈でよいのだろうか、と思う。
しかし、判決にはいろいろと問題はあるようだ。
先ほどの記事を見ると、判決の法解釈に問題があるとのこと。
また、国内法と国際法との兼ね合いの問題もあるようだ。
少し長くなるが、今回の問題がどこにあるかがわかるので引用したい。上
国際法は、一方的に国内法に対する優越を唱えて国内法を否定して見せる法体系ではない。むしろ国際法規範と国内法規範は併存しうる、と考えるのが、普通の国際法的な考え方である。いわゆる二元論的な「等位理論」である。国際法と国内法は、常に完全に一元的に一致するわけではないが、それは単に両者が異なる法体系だからだ、と認めるのが、「等位理論」的な考え方である。
国際法と国内法は、一致しないまま併存するがゆえに、調和を求める。しかし、時に逆に矛盾を抱え込み、義務の衝突をもたらすこともある。そこで必要になるのは「調整」である。「等位」理論は、必然的に「調整」理論のこととなる。
現在、日本政府が韓国政府に求めているのは、この意味での「調整」であると言えるだろう。
国際法を通じて韓国と接する日本政府は、したがって韓国行政府をただ責め立てるのではなく、その「調整」努力を支援し、促進していくべきである。
つまり韓国の国内法廷で私企業に負わされた責任は、国際協定の趣旨からすれば韓国政府が対応すべきものであり、それにしたがって韓国政府が財政措置や立法措置をとることを期待しなければならない。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58305?page=3(上の埋め込み記事と同じです)
今回の問題は司法府の動向に大きく左右された。
その背後に韓国世論の影響があったのかはわからない。
しかし、私は多少なりとも影響を与えたんじゃないかなと思っている。
少なくとも韓国の行政府は世論に非常に敏感であることはこれまでの日韓関係が証明している。
そうした韓国の姿勢を日本のマスメディアは「国民情緒法」と揶揄している。
ただ初めから「世論の影響を受けている!」と色眼鏡をかけて分析しても仕方がないので、冷静に議論するには自分の知識があまりにも欠けているなあと思う。
国際法、そして法学の勉強もぼちぼちしないとなあ。