新聞を読んでいて
中東情勢、全然わからない!
と言って色々な本を探し、読んできた。
本に当たり外れをつけたくはないが、この本は大吉である。
本書は、21世紀の中東しか知らない若者には、「今見ている世界と中東がこんなに怖いことになってしまったのは、そんなに昔からじゃないんだよ」と伝え、20世紀の中東を見てきた少し年嵩の人たちには、なぜ世界と中東がこんなことになってしまったのかを考える糸口を示すために書かれたものである。そしてその目的は、「世界と中東がこんなことになってしまったのにはちゃんと理由がある」ことを示すことにある。なぜならば、理由があるからには、解決も見つからだ。(P11より)
本書の内容-中東の今を歴史に位置付ける
中東をめぐる論点が章ごとに整理され、それまでの経緯を歴史に紐づけて説明するスタイルをとっている。
現在の中東の混迷がどのようにして形作られてきたのか、筆者曰く大きな転換点は3つあるという。1つがイラク戦争。もう1つがシリア内戦、そしてISの登場。最後が9・11米同時多発テロ事件である。アメリカの動向が中東にいかに大きな作用をもたらすか、ということだ。
ただ個人的には、1979年のイラン革命、1991年の湾岸戦争、2011年のアラブの春も中東を理解する上での転換点と思う。
今の中東の論点はいくつかある。
- サウジアラビアとイランの対立(中東における新しい冷戦)
- 新冷戦に伴う各地での代理戦争(イエメン内戦など)
- シリア内戦の行方
- パレスチナ問題
- クルド人の動向
- アメリカ、ロシア、中国、トルコなどの動向
- 国民国家の溶解
- 非国家主体の台頭-IS、クルド人など
などなど…
図にすれば、こんな感じだ。
中東のわからなさ-それでも伝えたいこと
論点の多様さに加え、多様なアクターが登場するのが中東情勢の特徴だ。ただ、本書ではトルコやロシアなどシリア内戦にかかわりのあるアクターはあまり触れられていない。
中東情勢は様々なアクター、論点に加え、それらが大国のご都合主義で目まぐるしく変わってきた。これも中東の「わからなさ」に拍車をかける。
それに関しては長年中東を研究してきた筆者もこう述べている。
今中東で起きている無数の変化、展開をどう解明すればいいのか、悩みつつの執筆だった。35年間の中東研究の経験が、どこまで役に立つのか。中東は、歴史からは全く読み解けない、まったく新しい世代の世界になってしまったのではないかと、不安と模索の日々だった。
だが、紛争地にすむ中東の人々自身が、いったい何が起き、何故こんなことになったのかわからないと、困惑している。彼らの困惑と、絶望と、挫折感と、将来への儚い夢の背景にある政治の流れを、本書で少しでも伝えることができればと思い、何とか最後のページまでたどり着いた。(本書P219-220)
私はこの箇所を読んで胸が熱くなった。
35年間という長い時間を費やしてきてもわからないと、頭を抱えながら、読者に伝えたいことがある!と執筆しきった酒井先生の思いに胸を打たれた。
筆者は大国の動向、各国の動向をメインに説明する。だが、その根底には、そこに住む市井の人々がどう生きているのか、彼らは何を考えているのか、という視点が常にある。
本書を読めば中東情勢はわかる。そこに今いる人々の思いの一端を感じられるかもしれない一冊である。
あわせて同じ著者のこちらの本も中東情勢の理解を促してくれる。かなりおすすめだ。
最後に本書の構成で終わりにしたい。
本書の構成
第1章 イスラーム国 2014年~
グローバル化した世界で広がるテロの恐怖
第2章 イラク戦争 2003年
「安定のため」の戦争が、さらなる憎悪を生む
第3章 9・11 2001年
悪夢のような新世紀の幕開け
第4章 アラブの春 2011年
民主化運動から、難民問題へ
第5章 宗派対立? 2003年~
混乱の原因は、果たして「宗教」にあるのか
第6章 揺らぐ対米関係 2003年~
サウディアラビアとトランプ政権の蜜月
第7章 後景にまわるパレスチナ問題 2001年
犠牲者No.1の座は誰のもの?
終章 不寛容な時代を越えて