新卒教員の教科書

新卒のあの頃の自分へ向けたメッセージをつらつらと書いております。『新卒教員としてのオリジナルテキスト』をつくろうという試みによるブログ。社会科のこととかビビッときた本の書評とか日常生活のこととか。

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「知識は陳腐化するのか?」-IT時代の知識の価値について~イラン問題を題材に~

 

知識は陳腐化するのか?

 

陳腐化とは、価値が低下することである。

 

インターネットがこれだけ発達した現代。

調べれば簡単に情報が出てくるようになった。

 

そういう時代において知識の価値は低下すると言われる。

果たしてそうなのかだろうか。

 

今日はその問いについて考えたい。

 

 

新聞を読む-アメリカの国務長官の中東歴訪の記事から

14日、アメリカのポンペオ国務長官が中東歴訪を終えた。

www.yomiuri.co.jp

 

アメリカは反イラン同盟を作って、イランの封じ込めを狙っている。

 

アメリカだけではない。

サウジアラビアなどの湾岸諸国やヨルダンなどのスンナ派諸国、そしてイランと敵対するエジプト、そしてイスラエルが接近し、反イラン同盟の構築に向けて動いているのだ。

 

中東の問題の淵源であるパレスチナ問題。それをもたらしたイスラエルアラブ諸国と協力しているなど、かつてのアラブ人が見たら卒倒するだろう。

 

しかし、こうした中東における変化は、サウジアラビアとイランを中心に「中東の新たな冷戦」が起こっている、という視点で見ればすんなり理解できる。それについては過去の記事を参考に。

 

www.yutorix.com

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トランプ政権がなぜこれほどにイランを敵視するのだろうか。

 

イラン核合意はオバマ政権の時代に結ばれた。原子力の平和利用を認め、イランへの経済制裁を解除したものだ。

 

だが、大統領が変わると、過去の政権の政策を180度転換することはよくある。

トランプ大統領は核合意から離脱し、イランへの制裁を再開した。

 

背景にはトランプ大統領のイラン観があると言われる。

1979年にイラン革命が勃発し、アメリカの大使館員が400日以上人質に取られた。

この事件はアメリカに衝撃を与え、以後対イラン政策は今日まで続く強硬なものとなった。

「イランはまたアメリカに牙をむくかもしれない…」

 

そこにイランの原子力利用である。

 

「簡単に核兵器に転用するだろう。」

 

そんな恐怖が背景にあったとされる。

 

また、イランはシーア派国家である。イラクやイエメン、シリアとの結びつきが強く、それらがスンナ派諸国にとって脅威となっている。

王制サウジと革命を経験した共和制イラン。

体制の違いをめぐる対立から両国が競って同じ宗派を自陣に巻き込んだ。

その結果、中東全体で宗派対立のような様相を呈しているのが現状だ。

イスラエルもシリア問題をめぐってイランと敵対している。国境を接するシリアのアサド政権をイランが支援しているからだ。

 

ここでイランを封じ込めるという利害が一致し、中東でのイラン封じ込めが画策されているのだ。

 

知識を結びつけること

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新聞を読んでも、その情報が「何を意味しているのか」わからないことがある。

 

アメリカの国務長官が中東を歴訪した。」

「ああ、そうですか…」

 

知識を単体で手に入れても、すぐ忘れてしまうし、その位置づけもわからない。

 

けれども、自らの中に知識があればそれらを用いて解釈や分析ができる。

今手に入れた知識を自分の中にある知識と結びつけることで、新たな知識が生まれるのだ。

 

つまり、比較の材料としての知識は依然として価値を持つ。

解釈したり、分析したり、情報に意味を与えることは人間の専売特許なのだ。

これらは思考の一種であり、その材料が多ければ多いほどメニューも増える。

 

IT全盛期における知識の価値

インターネットがこれだけ発達した現代において、情報は簡単に出てくる。

それこそ、ある問題の解釈や分析もたくさん出てくる。

 

しかし、それらはあくまでも他人の思考の軌跡である。

 

思考は一朝一夕でできるものではない。

考え方を知り、それらを日常的に意識して行う訓練の積み重ねが必要なのだ。

その機会として新聞を活用するのは良いことだと思う。

 

ただし、そのためには比較できる知識が自分の中にあることが大切だ。

そして、その知識は体系化されたものであることが望ましいと思う。

全体的な関係の中でニュースを位置づけることができるからだ。

 

体系化された知識を得るのに最良の手段は読書だと思う。

特に教科書は優れた手段だ。ここでの教科書は学部や院レベルまでを射程にしている。

 

知識は陳腐化するのか?

考えるためには知識が土台となる。

考えるという能力はあらゆる時代において重要な能力だ。

 

だからこそ、その土台をおろそかにしてはならない。

調べられれば確かにすぐに出てくる時代になった。だからと言って知識の習得が意味を持たないわけではない。

 

ただ今までの教育は知識の習得に偏りすぎていた感がある。

インターネットがなく、教師と生徒間で知識の非対称性がすさまじかった時には、それは仕方なかったのかもしれない。

しかし、ネットを通じて知識を手に入れるハードルが下がったことで、知識の習得のみに偏った授業は時代錯誤と言えよう。

 

だからこそ、我々は解釈したり、分析したり、考える能力を持たなければならないのだ。

思考力があってこそ、知識は活きる。

つまり、知識と思考は車の両輪の関係なのだ。

 

知識自体は個人で好きに獲得できる。

個人の意思次第で好きなだけ吸収できるようになったのだ。

もちろん究極的には考える力だって個人の意思で身につく。

しかし、思考力の重要性にすべての人が気づくわけではない。

だから、それを鍛える訓練は社会で強制的にやらねばならない。

現下の教育改革はそういう流れの下で行われているのだろう。

 

ここで最初の問いに答えるなら、次のようなことが言えるだろう。

 

知識は陳腐化しない。

ただし、それを使って考えるならば。

 

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