改革校として躍進しつつある学校は意外とある。
三田国際学園もその1つ。
本書は三田国際学園の現校長が執筆した本であり、その教育観と学校の教育実践の一端を知ることができる。
それが21世紀型教育である。
AIに負けない自分で考える子どもを育てる21世紀型教育 [ 大橋清貫 ]
三田国際学園について
三田国際学園とは?
東京都世田谷区用賀にある中高一貫校。近年改革校として注目されている。
沿革
元々女子校だったが、2015年に三田国際学園中学校・高等学校として共学化。
教育理念は知好楽。
教育の特色
変化の激しいこれからの社会を生きる子供のために5つの力を伸ばす世界標準の教育を展開する。
国際共通語である「英語」、それを使って思いを伝えあう「コミュニケーション能力」、科学を理解する「サイエンスリテラシー」、情報を使いこなす「ICTリテラシー」、そして、それらの確かな知識とスキルに裏付けられた『考える力』。 (ホームページより引用)
具体的には以下の取り組みを中心に行っている。
- 相互通行型授業…毎回の授業で生徒に「トリガークエスチョン」を投げかけ、学びを促進する。
- 英語教育…それぞれの目標にあった英語教育を実施し、日常的にその力を強化する取組を行う。
- サイエンス教育…科学を見る目としての「サイエンスリテラシー」を養う教育を行う。
- ICT教育…一人一人がタブレット端末を持っており、情報社会に必須のリテラシーを養う。
- 学習支援…考える力の土台としての基礎知識を定着させるために小テストの実施や学習支援を教員が積極的に行う。
- 教員研究…全教員が世代、教科に関わらず教育力の向上のために定期的に研修を行う。
4つのコース
- 本科コース…いわゆる普通科であり、キャリア・学習面でのサポートが充実している。
- メディカルサイエンステクノロジーコース(MSTC)…入学した時から「基礎研究」を行うことで、研究スキルを身に付け、科学的思考力を高めていく。
- インターナショナルコース スタンダード(ISC)…留学制度が充実しており、ディスカッションやプレゼンテーションなどを英語で日常的に行うことで、使える英語力を身に付けることを目的としている。
- インターナショナルコース アドバンスト(ICA)…英・数・理・社の授業をAll Englishで実施し、海外大学への進学を視野に入れた指導を行う。
本書の内容
本書の構成
第1部 21世紀型教育について。
第2部 三田国際学園をモデルとした21世紀型教育の実践について。
大橋校長と教育研究家である本間勇人氏の対談。
第3部 21世紀型教育が必要とされる背景について。
21世紀型教育とは?
いわゆる一斉講義のような知識教授の授業、これを20世紀型教育という。
20世紀型教育は戦後すぐから高度経済成長期にかけて必要とされた教育。
それに対して、現在求められているのは21世紀型教育である。
では、21世紀型教育とは何か?
それは教科書に書かれていることを教えるのではなく、教科書に書かれていないことを生徒が考え、解を見つけるという形の教育である。
世界で日本人が勝つには、考える力を伸ばし、海外の人と議論できるレベルの英語力を身に付けることが重要という。
だから、従来のような教育ではなく、三田国際学園では考える力を養うハイレベルな内容の授業をしている。
ハイレベルというのは、照準をクラスの上位2割にあわせるという意味である。学部レベル・大学院レベルの話もするんだとか…
当然こうした教育に賛同する人、つまり三田国際学園の保護者も従来のような伝統校・名門校、高偏差値校、大学合格実績のある学校に魅力を感じる層ではない。
校長は彼らを新しい物好きのイノベータータイプだと述べる。中には海外で戦っているような企業で働く保護者が一定数いるらしい。
保護者をマーケティング的発想から分類しているところからも、校長先生はかなりビジネス的な考えをしていると思った。
たとえば、保護者を顧客や投資家と呼び、成果を出して還元するという風に述べている。
考え方のベースはトマス・フリードマンの「フラット化された世界」にあるそうだ。
学校のフォロー
校長自身が思考力(創造力、批判的思考、問題解決能力)を伸ばすために教科書以上のことを授業で扱えといっているため、 学部レベル・修士レベルの教育をしているところもある。
けれども、そうした取り組みに対する批判もある。
思考の前提に知識があるんではないのか、とすればいつ知識を注入するのか?
これに対して校長は「生徒が自主的に教科書をやる、自分でどんどん勉強していく」と述べている。
これを見た時に
自主性にゆだねる性善説か…
と思いきや、実はちゃんと根拠があった。
- 教室に考えをどんどん発展させる生徒がいるということ(知的な刺激を受けるという外的要因)
- 朝の習熟度確認テスト(クリアしないと先に進めない)という定期的な知識の確認
曰く、生徒は進んで勉強するそうだ。だが、要領が悪い生徒にとってはかなりきつそうだなあとも思う。
それと、数分間のテストで数科目の確認ができるのだろうか、偏りはないだろうか、と疑問に思った。
思ったこと
ハイレベルな授業の実施には教員の高い能力が前提である。
だからこそ、校長は様々なインセンティブを設定することで学校全体でのエンパワメントに努めている。
たとえば、論文コンテストなどのインセンティブや定期的な教員研修など。
褒賞を与え、モチベーションを上げるという手法はやはりビジネス的である。
バリバリ働きたい人にはとてもいい学校だろう。
背景には校長の危機感
校長は次のように言う。
2029年にシンギュラリティが起こる。
そうした中でもAIに代替されずに戦えるために、生徒には思考力という武器を持たせたい。
だからこそ、授業は生徒が思考を深められるものとなっている。
思考力は教科書にはない解を生徒が求めることで磨かれる。
そのために、生徒は教科書を超えた内容を考えることになる。
それが時には学部・修士レベルとなることもあるのだ。
授業は教員が発するトリガークエスチョンを起点に生徒がグループになって考えていく。
つまり、教員に求められるのは生徒が考える価値があると思うような発問を発すること、およびそのための教材研究である。
こうした思考訓練を積んだ生徒に囲まれているため、教室は競争的で刺激しあえる、時には助け合う(共創)の雰囲気だとか。
自分一人で考えるだけでなく、他者とともに意見を交換し、視野を広げ、考えを発展していく、まさに議論に適した場だなあと思う。
ただし、この本に書かれていることが校内すべてで実施されているのならばということには注意したい。
疑問
三田国際学園の教育理念と実践の概略を知るにはうってつけの本だと思う。
ただ、いくつか?と思うところもあった。
- 思考力の定義が簡潔だと感じた。たとえば思考力を創造力・批判的思考力・問題解決能力としているが、具体的にそれが何なのかはここでは示されていない。
- 論証過程にも難があったかと思う。校長の教育観はトマス・フリードマンの言う「不確実な社会」をがっつりベースにしている。しかし、不確実な社会で「こういう能力が必要だ!」と推論できるのか?という疑問を持った。