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「人生をどう生きるか」がテーマのブログです。自分を実験台にして、哲学や心理学とかを使って人生戦略をひたすら考えている教師が書いています。ちなみに政経と倫理を教えてます。

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EUが世界に投げかけるもの-遠藤乾『欧州複合危機 苦悶するEU、揺れる世界』中公新書

 

今日紹介する本はこちら、遠藤乾『欧州複合危機』。さすが中公新書といった感じです。学術的な重みのある文章が270頁以上あるので、かなり読みごたえがあります。実際、仕事をやりながら1週間ほどかけて読み切りました。2年前に出版されていますが、正直もっと早く読みたかったなあというくらいの知的興奮を覚えました。

 

☑内容のまとめ
☑本書の価値

 という感じでお送りします。

 

 
欧州複合危機 - 苦悶するEU、揺れる世界 (中公新書)

  

本書の内容

年始になるとイアン・ブレマーがある予想を立てるのが恒例になりました。その年に世界的な話題になるであろう10のトピックです。2019年の予想にはEU関連が2つありました。1つがヨーロッパでの分断の深まり、もう1つはイギリスのEU離脱です。実際、イギリスのEU離脱をめぐる話題には事欠きません。

 

では、EUに起こっている危機とは何か?

①ユーロ危機、②難民危機、③テロリズムウクライナ問題を含む安全保障危機、④イギリスのEU離脱の4つです。

それら4つの危機が同時並行的に、お互いに影響し合いながら、しかもグローバルに/EU内外で/国民国家の枠組みを超え/地域にも波及しながら、という多層的な次元で展開しているというのが題名にある「欧州複合危機」です。

 

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危機は新たな危機を生じさせます。ユーロ危機をきっかけにEUの財政的な権限強化がなされましたが、EUは各国国民との距離が遠く、民主的正当性に欠けています。反動として、自国の決定権を声高に叫ぶ動きが起こり、それを1つの要因としてイギリスの国民投票が行われました。こうした民主的な正当性の欠如を民主主義の赤字と言います。

また、ユーロ危機によって不健全な財政を抱える南欧諸国に対する緊縮財政が要求されます。こうした国々では財政再建のために豊かな地域への課税がなされます。たとえばスペインでは豊かなカタルーニャ地方に対して中央政府が課税を強行しました。これに対して、言語を異にし中央政府から長年抑圧されてきたカタルーニャ民族意識が高揚し、独立を問う選挙が行われました。結局選挙は無効となりましたが、こうした国民国家の再編は南欧だけでなくスコットランド等でも見られる現象です。ユーロ危機が中央・地方間の対立をもたらし国民国家の再編という新たな危機をもたらしたのです。

 

また、難民危機も深刻な対立を招きました。難民を積極的に受け入れると表明したドイツ、一方で難民を拒絶したハンガリーオーストリア。先ほどのユーロ危機では健全財政のドイツとギリシャという主に南北での対立でしたが、難民問題では東西での対立の様相を呈しています。さらにはドイツ国内でも難民受け入れをめぐって対立が起きています。国内での分断は極右勢力の台頭をもたらし、ポピュリズムが各国で勃興しています。話はそれだけにとどまりません。

EU域内での自由な移動を保障したシェンゲン協定が危機を助長したのです。2015年に起きたパリ同時多発テロ、そしてブリュッセルでのテロ。この事件の犯人にはシェンゲン協定を利用して移動してきた難民が紛れていました。フランスは事件後、シリアへの空爆を強化し、国内では非常事態宣言を発令しました。テロリズムへの対処という厳戒態勢の下でヨーロッパのリベラリズムは抑圧されてゆくと筆者は案じます。また、ケルンでの難民による暴動によってドイツでも歓迎ムードは息絶えていきました。

100万人を超える難民の流入はヨーロッパに大混乱をもたらしました。それは労働者に雇用不安を抱かせ、テロリズムをもたらし、さらにはシェンゲン協定の限界も露呈させたのです。

 

難民の流出元は大半がシリアやアフガニスタンです。この地域はロシアやトルコなど複数のアクターが介入することで複雑な様相を呈しています。ロシアがなぜ介入したのか?そのカギはウクライナ危機にあります。なぜかは本書を読めばわかるはず…

 

危機はEUにとどまらず中東、そして世界と密接に関係している、というわけです。

 

この本の価値

この本の価値は2つあります。

1つはEUをめぐる問題に対しての視座を提供してくれる点。もう1つは、EUという枠組みを通じて世界に何が起こっているかを考える契機となる点にあります。

 

今後も流入し続けるニュースのどこに着目すべきか、いくつかの要素を特定し、視角を設定したい。そのことで、読者が自ら考える手がかりを得られればと願っている。(ⅷ頁より)

 

2年前と出版はやや古いものの、EUをめぐる問題がすっきりと整理されており、問題相互の関連も非常に分かりやすいです。論点の把握にちょうどいいと思います。

 

EUはどうなるのか?今後も存続していくのか?問題解決の枠組みとして機能していたEUが今では問題の一部としてみなされるようになったのはなぜなのか?Brexitは世界に何を示そうとしているのか?EUの危機はなぜ起こったのか?そもそもEUはなぜできたのか?そして、今後世界はどうなっていくのか?

そうした疑問に筆者は1つ1つ丁寧に対峙して解を出そうとしていきます。

 

日本から遠く離れたEU、しかしグローバル化の進んだ現在において、危機は世界的な緊密さをもって進行します。余談ですが、この本を読んでいてEUアメリカとの関係は日本とアメリカのそれに似ていると感じました。

世界情勢や国際政治、ヨーロッパ情勢などに興味のある方、ぜひご一読を。

 


欧州複合危機 苦悶するEU、揺れる世界 (中公新書) [ 遠藤乾 ]

  

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