新卒教員の教科書

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新卒のあの頃の自分へ向けたメッセージをつらつらと書いております。『新卒教員としてのオリジナルテキスト』をつくろうという試みによるブログ。社会科のこととかビビッときた本の書評とか日常生活のこととか。

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セーフティーネットがガチャっておかしくない?っていう話

 

 

カルチャーショック

 

僕は今年度から社会人になりました。

初任給という形で給料をいただいています。

 

ですが、正直かつかつです。

大学と大学院の奨学金の返済がはじまり、車のローン、そして月々の生活費が迫ってくる…

残りはほんの僅かになります。

正直、あんまり給料日は楽しみじゃないですね(笑)

 

同僚と話をするとこんな話が出てきます。

 

「車買うときに親に半分だしてもらった」

「親に買ってもらった」

 

こういう時に!!??となります。ええ、カルチャーショックを感じます。

 

我が家はあまり裕福ではなかったこともあり、家訓が放任主義でした。好きなこと・やりたいことがあるなら、最低限の応援はする。けれども、必要を超える分は自分でまかないなさい、というもの。

 

当然、車に関しても「買いたいなら自分の金で買いなさい、その代わり何も干渉はしないから」という放任主義でした。

もちろん、それを当たり前として育ってきた僕としては貯金を切り崩して購入したわけです。

 

ですが、隣の芝は青い。

他の家庭は子供に経済的な支援をしている。彼らは浮いたお金で何か別のことをする。

いいなぁと思う。

 

思えば大学時代もそうでした。

ある程度の偏差値の大学に行ったためか富裕層が多い。社長や大企業の幹部、弁護士の子息などなど…

経済的に恵まれた友人は奨学金などに頼りはしません。家庭で授業料を賄えますから。

こう書いていると恨み節でもあるかのようですが全くそんなことはありません。彼らはとてもいい人ですし、僕も凄くお世話になりました。

ですが、ひしひしと格差を感じていた僕がいたことは事実です。

 

日本全体で格差が広がっている

 

いま、日本の社会では格差が進んでいるといわれています。格差を表す指標として相対的貧困率ジニ係数があります。

 

相対的貧困率とは、所得の中央値の半分未満で暮らす世帯の割合のことです。

 

平成27年度調査によれば、中央値は427万円ですから、213.5万円未満で暮らす人の割合が相対的貧困率にあたります。

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa15/dl/16.pdf

 

ここに厚生労働省の資料があります。

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図表2-1-18 世帯構造別 相対的貧困率の推移|平成29年版厚生労働白書 -社会保障と経済成長-|厚生労働省

 

青い線が相対的貧困率です。年々上昇しているのがわかります。

 

一方、ジニ係数とは所得がどれくらい均等に分配されているかを表す指標です

1に近いほど格差が大きく、0に近いほど平等に分配されています。

 

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日本のジニ係数推移 1962~2014

当初所得は何もしない状態でのジニ係数で、再分配所得とは政府による再分配(生活保護や手当などの再分配)を行った後の数値です。

当初所得に注目すると格差が年々拡大していることがわかります。

ただ、日本政府の頑張りのおかげで一定程度格差は縮小しています。ですが、格差大国のアメリカが0.38程度ですから再分配後の数値も国際的には高い水準にあります。

 

セーフティネットとしての家族

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再び僕の話に戻ります。

 

僕は今、親元を離れて一人暮らしをしています。

ですが、全てを自分だけで賄えているわけではありません。

 

たとえば、アパートを借りるとき親の力を借りています。

普通、入居する何か月前には家を借りなくてはなりません。すぐ埋まってしまうからです。

修士論文の執筆に追われていた自分はバイトを減らしていましたから、当然数か月分の家賃を払えるわけもありません。

 

親に頭を下げて肩代わりしてもらいました。

 

母は何かしら食料を送ってきてくれます。

 

父は帰省の度にいくらか餞別をくれます。恥ずかしがり屋の父ですから、別れ際に「ほれっ」と渡してくれます。

 

そういう時に家族の大事さ、ありがたさを凄く感じるわけです。

 

「ああ、家族がいなきゃ生きてけないな」と。

 

つまるところ何が言いたいかというと、家族がセーフティーネットとして機能しているということです。

 

生活に困っても、家族が助け舟を出してくれるから生きていける。

 

でも、僕のようなケースも先ほどの統計を見ると恵まれているんだと思うんです。

 

ましてや大学の授業料を出してもらったり、ポンと自動車代を出してくれるような親はかなり余裕のある層だと思うのです。

 

最後の砦がガチャで決まる時代

  

セーフティネットというのは最後の砦です。

誰も頼る人がいなくなって、最後に頼れる人ということです。

 

市場でもなく、政府でもなく、それが家族だと思っています。

 

ですが、この家族ですら所得格差が拡大する時代においては頼りになるか定かではありません。

 

たまたま親の経済状況が許す限りで僕は支援してもらえました。

同僚もそうです。たまたまその家に生まれたから親に補助してもらったわけです。

 

ですが、セーフティネットって偶然に左右されるものでしょうか?

 

家族ってガチャみたいなものだと思ってます。

ガチャを引いたらノーマルかレアが一生決まってしまう。

 

偶然性で生活が、キャリアが、将来が決まってしまう。

 

しかも、初めに引いたガチャの出によってその後もガチャを引けるかどうか決まってしまう。

もはや人生ですら運ゲーですね。

 

誰も頼る人がおらず、不安を抱えて生きている人がいるのです。

 

政府のすること/市場のすること

 

いま日本政府は、政府の仕事を徐々に市場原理に任せています。

 

しかし、市場と政府では対象とする仕事の性質が異なります。

政府は人々が必要とすることを、市場は人々が必要以上に求める欲求に対するものを扱うのが得意です。

たとえば、人々が必要とする水は政府が供給してきました。

一方で、お菓子やお酒などの嗜好品は活きる上では必ずしも必要ではありません。ですから、市場で扱われてきました。

しかし、水道が民営化され、市場原理にさらされることになりました。

 

こういう市場原理の行き着く先が果てしない競争です。

その結果、リストラや倒産などで職を失う人が大量に出ました。

また、市場競争は価格の引き下げを伴いますから、必然的にコストのカットを求められます。そのしわ寄せは人件費に行きますから、そのあおりを食らった人も多くいたと思います。

 

こういう困ったとき、貧困に直面した時、政府機能が縮小している今、政府は有効に動けているんでしょうか。

 

確かに僕は上にあげたような状況ほど困ってはいません。ですが、家族がいなければきっと生活はできなかったでしょう。

消費者金融という道もありましたが、あれはセーフティネットではありません。

 

格差が拡大しているという事実は政府のセーフティネット機能が弱まっているということを意味しています。

 

そしてセーフティネットがない人が日本にどれほどいるのでしょうか。

 

ガチャのように偶然で生活が決まるのではなく、きちんと政府が機能する。やみくもに市場原理に任せるのではなく、必要としている人の声に耳を傾け、適切なサービスを供給する、そんな社会が理想的だと思います。