新卒教員の教科書

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新卒のあの頃の自分へ向けたメッセージをつらつらと書いております。『新卒教員としてのオリジナルテキスト』をつくろうという試みによるブログ。社会科のこととかビビッときた本の書評とか日常生活のこととか。

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今さら上野千鶴子さんの「東大祝辞」を読んで考えたこと

 

 

今年話題になった上野千鶴子さんの東大入学スピーチについて、今さらになってしっかり読んでみた。

 

www.u-tokyo.ac.jp

(こちらのサイトに全文が載っています。)

 

こうしてしっかり読んでみて、色々と考えたことがあるので、それをつらつらと書いていこうと思う(ちょっと重いですよ~)。

 

 

フェミニズムに対する誤解

まずはスピーチの抜粋をご覧いただきたい。

 

あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。

 

あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。女性学を生んだのはフェミニズムという女性運動ですが、フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です。

 

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昔むかしのこと。

大学生の頃の自分はフェミニズムを嫌悪していた。

理由はいくつかあるが、1つは活動家が教条的に見えること、もう1つは伝統をただただ破壊する思想だと思っていたからだ。

 

しかし、考えが変わった。社会変革に援用できる思想だと思うようになった。

たとえば伝統に関して。

いざ社会に出て「伝統」なるものに触れると「意味が分からない」と思うことがある。

極めて非合理的じゃないか。こんなものして何になるんだ、と思うことがいくつもあった。

それから引用にあるように「弱者」の存在を知ったことが大きい。どちらかと言えば、自分自身もそちら側の存在だった。あまり豊かではない家庭で育ち、幼少期から他者と比較して違和感を感じることが多かった記憶がある。

子どもは時に大人の想像を超えた残酷さを見せる。純粋な疑問から発した言葉が私の心を大きくえぐったこともあった。そのたびに弱みを見せまいとヘラヘラと笑っていた。

思えば、あのころの経験が、自分と向き合うための心理学や社会の不合理を見極める社会科学へといざなったのだろう。

 

さて、こうした経験に加えて学問は確実なセルフイメージをもたらした。

大学院で多様な書籍に触れたことで学術的な知見を得たこと、社会に出て様々な事情のある子供たちや家庭に触れたことで、あやふやな自分自身への育ちに対する認識は豊かではなかったという確信に変わる。

そして、今自分の暮らしがあまり豊かではない(これも他者と比較している)ことの影響も大きい。

 

弱者が弱者のまま尊重される。肯定される。素敵な社会ではないか。そういう風に思った。

もちろん、大学院まで進ませてもらって何が貧困だ、という方もいらっしゃるだろうが、これはあくまでも私自身の主観的な問題である。加えておくと、進学費用はすべて奨学金で賄っている。

 

自分の中にあるジレンマに気づく

ただ自分は弱者として過ごしてきた期間が長かった。そういう認識がある。

弱者としてあってはならないと言い聞かせ、いつも人の顔色や集団内での立ち位置を気にしてきた。

本心から、自分の好きなように過ごしてこなかったなあと今この記事を書いていて非常に後悔している。

そういった成長過程の中で「強者になりたい」という欲求がどこかにあることにも気づいた。

だが、強者になるには果てしない競争を勝ち抜かなければならない。

けれども、その果てに満足はあるのだろうか?

 

どんなに頑張っても報われないこともある

頑張っても報われないこと。

この社会のテーマにうすうす感づいていたのは高校生頃である。

部活動でどんなに頑張ろうと、生まれながらの身体能力はもちろん、親の経済力・趣向によってスポーツの開始年齢が異なる。

 

特に運動に関する神経の発達は早期のスポーツ開始によってその程度が異なってくる。つまり、親次第である。

私の親は自由放任主義であった。そのことについてはとやかく言うつもりはないし、大学進学や就職においても私の意思を尊重してくれたことには感謝している。

けれども、幼少期において子どもの意思などない。「何かやりたい」という欲求を持たせ、それを尊重させるには、様々な選択肢の存在を「知らせ」、その欲求を「伝える」ことのできる環境の整備が必要である。安全・安心に発言のできる環境である。

 

そういうものが圧倒的に欠如していたために、スポーツの開始年齢も遅かった。

必然、色々と苦労した。そういう苦労も医学書に手を伸ばすほど悩ませるものだったが、前述の神経系の発達を知って、運動でこれ以上の成果は無理だと悟り、勉強を頑張る方面にシフトした。

 

けれども、勉強だって大学に入ってスーパーエリートの存在を知って、どうにもならないことがあると知った。

化け物かこいつは、と思う人が何人もいた。地頭の差とでもいうのだろうか。絶対に勝てないという人は大学で初めて会った。

 

そういう人のバックグラウンドを知ると卒倒しそうになる。みんなが知ってる企業の役員だったり、地方の名士などなど。ヒエー…という感じである。

 

誰が悪いというわけではない。

社会という大きな枠組みの中に、階段があるとすれば、自分が生まれた階段はものすごく低いところから登るしかなかっただけなのであって、たまたま他の人は低く生まれたり、高く生まれたりしただけなのだ。

 

そこから上っていくには今自分が何段目にいるのか認識を正しくする必要がある。

だからこそ、社会を絶対視せずに相対視する。

もし非合理な制度だったり、それによって苦しめられている人がいるならば、変革していくべきである。

そういう自分の姿勢はこうした経験の中で育まれたのだろうと思う。

 

記憶に残っている言葉

忘れられない言葉がある。

 

今の社会は40代以上の男性はとても幸せな社会である、と誰か大学教授が言っていた。

世界の幸福度指数で日本の幸福度は58位だと。でも、この数字は正確ではない。なぜなら、女性や若者は非常に幸せを感じられていないが、現在の社会システムが40代以上の男性に適応する形で設計されているからだ、と(もちろん、これは主観的調査なので40代以上の男性でも様々な捉え方がいることを承知の上でこのような表記をしていますことはご承知ください)。

 

自分にとって何となくインパクトのある言葉だった。

大体において幸せ・不幸せという問題は経済的な問題に由来するのだが、現在社会において経済的な豊かさは様々な問題を解決してくれる。

 

これは自分自身の所得だけでなく、親の資産も関係している。

 

そして、経済的な資産の有無は文化的な資産にも関係してくる。

 

学歴社会という明治時代から続く「伝統」があって、その伝統が上位の人間によって再生産されている。今ここでエビデンスがあるわけでないが、世襲政治家のプロフィールやら何やらを見ていると、そういう思いはより強まってくる。

 

教育で何ができるだろうか

家庭は様々な機能を担っている。

社会化機能や生活維持機能、子供の居場所としての機能など。

しかし、家庭に問題があれば、コミュニケーションを訓練したり、感情を育んだり、自己肯定感を高める場は喪失してしまうかもしれない。

 

問題のある家庭で育った子どもたちは、大人になっても何らかの問題を抱えている。

環境に適応できなかったり、精神的な疾患を抱えたり…

 

だからこそ、今の社会では学校の役割が大きく見直されているのだろうが、教師だけに求める問題ではないと思う。

公立の学校で小学校~高校までを過ごし、私立の学校で働いているからこそ、家庭次第で大きく子どもたちの可能性が変わってくると思っている。

 

だからこそ、家庭の教育力に対して社会的に見直しをして、家庭に対する支援を充実させたり、NPO学童保育などに支援の手を入れるべきだろう。

 

子どもたちが、社会という目に見えない存在に、不可抗力的に飲まれて、未来を摘まれてはならない。

僕はこの記事を泣きそうになりながら書いている。自分の経験に照らし合わせて、つらい思いを子どもたちにさせるような、そんな社会ではならないと強く、強く思うのだ。

 

上野千鶴子さんの祝辞は目に見えない、私たちを縛る呪いを、可視化してくれるステキな文章だった。

 

toyokeizai.net

 

www.yutorix.com