新卒教員の教科書

Shiras Civics -しらす先生の公民教室-

大人の学び直しや受験生向けに政経や倫理について解説するブログ(予定)。中高一貫校の公民科教員がニュースや学校のことについても書いてます。

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市場の課題解決能力って高いけども、市場が機能しなければジリ貧になるんだよね

 

※ただの感想です。

 

 

僕は田舎に住んでいるのだが、近くのドラッグストアにはトイレットペーパーやらティッシュが山のように積まれている(マスクはない)。

ただ、都心(結構裕福な街)に行くと平日の昼間からドラッグストア(中には文房具屋)に並んで、トイレットペーパーやらティッシュを待ちわびている人たちがいる。

 

あれ、なんでお金持ちがこんなところに並んでいるんだろう、というふとした疑問からこの話は始まった。

 

お金は手段

Money

お金を貯める人は多い。何のためかと問われれば「将来(の不安)のため」と答える人も多い。

 

でも、お金は使ってなんぼである。使わなければただの紙切れだし、政府が新円に突然切り替えればホントに紙切れになってしまうこともある(戦後すぐの時期、インフレ対策で交換に制限を設けられた形で新円切り替えが行われた。加えて超高率の所得税が欠けられて、富裕層が軒並み没落しました。マジです)。

 

お金は財・サービスの対価として支払うものである。つまり、お金は何かを得るための手段なのだ。手段は目標に従属するもので、主とはならない。だから、せっせとお金を貯めても、お金を貯める・集めることが目的にしては本末転倒なのである。

 

さて、市場とは、貨幣を仲立ちにして需要者と供給者が財を交換する場のこと。

払うお金に応じて受け取る財・サービスの量・質は上がっていく。

だから、何か困ったことがあっても、お金があれば融通が利くことが多い。これは歴史上変わらない原理だ(現世では例外はあれども、地獄の沙汰も金次第というし、「あの世」でも通じる原理だ)。

 

だから、資本主義社会だとお金持ちが強い。

金をもてば持つほど市場の課題解決能力の恩恵に授かれるからだ。

 

しかし、市場は常に機能するとは限らない。

非常時においては生活必需品の過度な需要に対し、生産が追い付かず、超過需要に陥ってしまう場合がある。そうなれば、過度なインフレで値段は天井知らず。しかも、量が限られているからオークション形式でどんどんアップしていく。

そうなると究極のお金持ちしか手を出せなくなる。ジリ貧である。

 

市場が機能しなくなるとき

Scott Toilet Paper

僕らは教科書で市場の変化する姿をさんざん勉強してきた。

第二次世界大戦期、都市部のお金持ちでも物資を手に入れるのは大変で、その点農家などの自給自足ができる人たち、軍人などの国家的に重要な職に就く人たちに優先して配給された。

 

しかし、それは国家が市場を管理していた時代の話で、今は国家の干渉は最低限(のはずだ)。それから70年以上が経ち、あまりにも管理されなくなって、今度は市場が暴走し始めた。

 

こういう市場の暴走を懸念して、「市場に大事なことは儲けることだけでなくて、人びとの「共感」も重要なんですよ」ってアダム・スミスが言っていたのを思い出す。市場と倫理はセットなんだと。

 

そして、現在。

人々はティッシュやトイレットペーパー、マスクなどを求めている。需要は大いにある。平時であれば、この需要をマーケティング部が見逃すはずがない。

けれども今は非常時である。自宅勤務を命じられた労働者もいるし、中には感染した労働者もいるかもしれない。工場だって稼働できるか微妙なところである。そうなれば供給体制が需要に追いつくわけがない。しかも、世界的な流行だから輸入すれば解決できるわけがない。

 

つまり、需要と供給で成立する市場のうち、供給側が需要に追いつくほどには稼働していないのだから、市場が機能していないというわけである。

となれば、いくらお金を積もうとも、肝心のブツがないわけで、市場を通じた課題解決は図ることが困難となる。

 

こういう時には市場以外の領域の人々が動くしかない。つまり、政府か市民である。

政府は今さんざん検討しているところだから口を挟まないが、我々市民にもできることはあるだろう。

「助け合い」という言葉はあまり好きではないが、それでも市場は特定分野では機能していないし、政府への批判など大きなことを考えるよりも、市井の人々でできることを考えた方が合理的だろう。もちろん政府の動きを注視することも大事なのだけど。

 

Adam Smith Wallpaper

アダム・スミスの述べた市場とセットの「倫理」というのは、今のような状況に足りないものなのかなあと思ったりする。

 

※政治制度や経済状況、国際状況など多種多様な視点はあれども、個人の倫理という視点も持つことは悪くないだろう。倫理は、最近の僕のテーマである。

 

それでは。