Shiras Civics

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「大人のための倫理、政治・経済」というテーマで色々書いてます。政経や倫理の講義、大学(中学)受験、書評、キャリア教育、社会科教育、時事問題、教師の日常などなどを発信してます。

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夏休みに読みたい本(2020年)

 

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もう8月も半ばですが、絶賛お盆休み中なので、まとめます。読んでいる途中の本もありますが、まとめます。

 

今年の夏はステイホームの割合が高まりそうです。夏の高原のさわやかな感じが好きなんですけども、残念ながらお家で待機です。悲しい…

ただ折角だしインプットの夏にしたいと思うので、読みたい本をまとめたいと思います!

  

公民関連

3年目になりましたが、まだ知識の面で不安な単元が結構あります。倫理は今年持っていないけど、いずれ世界哲学史を網羅したいな…と思っています。

 

あたらしい憲法のはなし

 

授業の教材として使われたり、中学入試問題として度々出題されたりしています。戦後すぐに文部省が全国の子どもたちに向けて書いたものですから、非常に平易でわかりやすいです。

 

18歳から考える人権

 
憲法の授業をどう作るか、テーマ探しで読んでいます。
 
 

統治のデザイン

 
待鳥先生の問題関心はちょっと重なっているところもあるんですが、純粋に教材研究としても使えるなあと思います。制度論の研究をされているので、統治機構の単元に使えるかなあと思ってアマゾンでポチりました。
 

 

ゼミナール国際経済入門

 
国際経済が苦手なんですよね。今年の夏はまずこれを克服したいと思っています。
 
 

ESG思考 

 
2030年までの人類共通の目標を定めたSDGs(持続可能な開発目標)。これが経済の様々な領域に影響を与えています。投資においても利益を重視するだけでなく、ソーシャルグッドを重視するようになってきました。それがESG投資(E=環境、S=社会、G=企業統治)です。企業が環境保全にどれだけ働きかけているのか、女性の働き方にどれだけ注力しているか、などを投資の指針とするものですが、投資に限らず社会全体の傾向として持続可能な開発を重視するよう変化が生じているので、手に取ってみた一冊です。
 
 

18歳から考える消費者と法 

 
こちらも私の苦手な単元、消費者問題。この克服に努めます。
 
 

 

パノラマ, 夏, 牧草地, フィールド, 離れた, 車線, 自然, 風景, 風光明媚です, 緑, 残り

 

教育手法関連

 

レポート指導について、以前、ロカルノさんに教えていただきました。

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www.s-locarno.com

 

次の3冊はマストで読もうかなと。

中高生からの論文入門

学生を思考にいざなうレポート課題

レポート・論文をさらによくする「書き直し」ガイド

 

それからグループワークを取り入れることが多くなってきたので、こちらも勉強しようかなと思っています。

ファシリテーション入門

問いのデザイン 創造的対話のファシリテーション 

議論のレッスン

 

次期学習指導要領の核は「育成すべき資質・能力」です。これらは学習科学などの知見に基づいていると解釈しているのですが、少しかじった程度の知見しかないので、積極的に読んでいきます。

学習科学ガイドブック

 

教師の勝算 

こちらはやっちゃえ先生もオススメされていました。

www.yacchaesensei.com

 

研究関連

僕の専門分野は民主主義理論です。教員をやっていると目の前の業務に忙殺されて、その日暮らしになってしまうのですが、私自身は研究が好きなので、研究のための時間を確保しないと病みます。折角のインドアの夏だし、とことん本とつきあおうと思います。とりあえず、今の研究分野の新しい分野を開拓中です。

 

デジタル・デモクラシーがやってくる

カウンター・デモクラシー

民主主義を救え

有権者って誰?

これは主権者教育もちょっと関わってるかな。面白そうなので書店でサッと買ってしまいました。

 

趣味関連

夜と霧

大学の教職課程で心理学の先生に勧められたきり数年が経ってしまいました。生きる希望をどう得るか、というのは今日的テーマでもあると思うので、チャレンジしてみます。
 

 

日本人と山の宗教

「季節の中で何がすき?」と聞かれたら迷わず「夏!」と答えるのですが、今年はどこにも行けないのがツラいですね。感染症次第ですが、来年・再来年に思いっきり旅ができるよう、この本で今から見聞を広めておきます。個人的には夏の出羽三山や四国に行ってみたいです。
 

 

読みたい本をたくさんあげてしまったけど、気持ちと冊数が反比例してしまうのが毎年の反省です。他にも読みたい本が出てくるかもしれません。

この記事で何か気になる本などが見つかりましたら幸いです。

それでは!

 

 

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たった一ヶ月前の都知事選挙の話をもう誰もしなくなった

 

東京都知事選挙が終わってからはや1ヶ月。

もう選挙の話題をする人は誰もいません。新聞を1紙、ネットニュースも毎日チェックしていますが、少なくともメディアでは過去の選挙の話題は取り上げられていないみたいです(選挙違反が見つかった場合などは例外です)。

 

ちなみに煽ってる感じのタイトルですが、当然ながら僕への自戒を含めています。

 

  

選挙のとらえ方=フェスティバル

 

Series Festival of Shibaura in Tokyo

 

日本では選挙運動がかなり制限されています。

 

たとえば…

 

  • 選挙運動ができるのは、選挙の公示・告示日から選挙期日の前日まで
  • 未成年の選挙運動はできない

  

そのほか、インターネット選挙運動についても事細かな規制があります…

 

mizunoyuuki.com

 

 僕の中では、選挙のたびごとに選挙カーが朝から晩まで候補者の名前を読み上げて、町中でわーわー叫ぶ。瞬く間にブワッと選挙運動が盛り上がって、終わってしまえば「強者どもが夢の跡」という静寂に戻ってしまう。

まさにお祭りのようなものなんです。多くの人の認識も近いところだと感じています。

 

それ自体は制度的な制約からどうしても生じてしまうものです。

けれども、選挙が一過性にすぎないお祭りだとすれば、どうして人々は理性的に冷静に判断できるでしょうか?

お祭りは人々を熱狂させます。熱狂は理性を失わせ、判断を狂わせることもあります。

 

なにより、投票の数週間前に「選挙に行こう!」「私に一票を」と言われたところで、「いきなり争点上げられても調べる時間ないよ…」「そもそもあんた誰よ…」となります。突撃!隣の晩ご飯で訪問された家庭の心境です。

 

つまり、理性的な判断を求める、という選挙の建前と選挙制度、そして人々の生活がマッチングしていないところに問題があるのです。

 

「選挙が始まったから…!」というマインドセット

 

election

 

確かに選挙期間を短くすると言うのは、政治家が政治に集中してより良い社会形成をすべきだという点では重要だと思います。

だけれども、選挙期間がこれだけ短ければ、有権者の準備が間に合いません。

有権者が「選挙が来たから準備をしよう」というのではなくて、「いつもチェックしていて、選挙でしっかり判断できた」という状態になるためには、選挙運動を長期化した方がいいのかなと思うのです。

 

選挙運動に資金が必要だというのであれば、もっと政治家を身近に感じることのできる機会を創出すべきなのです。

たとえば、街頭演説を頻繁に行えるようにしたり、街角で市民集会を開いて対話の機会を作ったり、学校に定期的に言って集会をしたり、市民と政治家が関わる機会を「公的に」創出すべきだと思います。あるいは、政治家が積極的に動いて関わろうとする、とかですね。

 

もう一つの手段としては、メディアが政治家をチェックすることです。

オンブズマンという市民の代理人が行政を監視する制度がありますが、日本では国政レベルでは導入されていません。公的な制度で「政治を監視する」省庁や行政委員会の創設をすべきだと思いますが、中々難しいので、民間のメディアが政府の監視をしっかりと果たすべきだと思います。

けれども、それ自体も商業主義や省庁との関係、そもそも放送事業が免許制だったりと前途多難なわけです。

だからこそ、市民の自発性に可能性を見いだしてしまいます。具体的には、SNSを通じた反政府活動やデモ、特にツイッターなどを通じた世論形成などは目を見張るモノがあります。

こうしたメディアを通じて、日頃から政治家を監視する「仕組み」があれば、より多くの人が政治に関心を持って、より充実した選挙活動を行うことができるはずです。

 

大切なマインドセットは、選挙が始まるから準備をするのではなく、日頃から政治のことを考えていたら選挙の時期になったからいつも考えていることを活用して投票した、ということだと思います。

これ、ずっと昔から世界的な権威の政治学者が常々議論してきたことなんですけど、可決策はあるんでしょうか。

 

カレンダーを見たら、都知事選挙から1ヶ月ちょいしか経っていないのに、もう誰も話題にすらしないな~、とふと思ってしまいました。

過去の話をしないのは当たり前なんですが、次の選挙の話も全く聞かないものですから…

 

こういうところで主権者教育の在り方を考えていきたいな~と思います。それについては別の機会に。

それでは。

 

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被爆三世がひろしまタイムラインに思うこと

 

ひろしまタイムラインという試みがあります。

 広島・長崎は、被爆から75年の節目の夏を迎えた。被爆者の高齢化が進み、核廃絶への思いを若い世代にどう継承していくかが大きな課題となる中、「もし75年前にSNSがあったら?」をテーマに、1945年の広島の3人の若者の日常をツイッターで毎日発信する取り組み「1945ひろしまタイムライン」が注目を集めている。ツイートを発信する企画参加者は、「原爆投下当日だけでなく、一連の投稿を読んで原爆への理解を深めてほしい」と願っている。(北條香子)
 NHK広島放送局の企画で、「当時の広島の人々が何を感じていたのか、ツイッターを通じて同世代の若者に追体験してほしい」との思いから、20代の女性ディレクターが提案。中国新聞の記者だった故大佐古一郎さん=当時(32)、第1子を妊娠中だった主婦の故今井泰子さん=当時(26)、中学1年生だった新井俊一郎さん=当時(13)=が45年に書き残した日記を題材に、それぞれ「一郎」「やすこ」「シュン」としてアカウントを開設した。

もし75年前にTwitterがあったら…原爆の日の「ひろしまタイムライン」に注目集まる:東京新聞 TOKYO Web

 

このツイートについて思うことがあったので、昨夜ツイッターに連投しました。

制作者が、被爆者のリアルな体験を伝えていこうという思いはステキだと思います。

でも、色々と思うところがあったので、その思いを綴らせてもらいます。

以下は私のツイートを改めて編集し直した文章です。

 

女性, 気分, クロス, 窓, 反映, 思う, 女の子, 人, 感情, 孤独, 屋内で, メタファー, 霊性

 

ひろしまタイムラインに思うこと】

製作者・賛同者の方はすみません。淡々と語らせてください。

 

自分は被爆三世です。
曾祖母を原爆で亡くしました。当然会ったことはありません。

当時東京の大学で研究をしていた祖父は、原爆投下の知らせを受け、その日のうちに鉄道を乗り継ぎ、母の許へ急いだそうです。

 

けれども遅かった。

祖父が見た曾祖母は全身がやけどに覆われ、かつての面影は全くなかったそうです。

そして看病のかいもなく、原爆投下から四日後、息を引き取りました。

この看病の際に祖父は放射能被害を受けています。

 

僕がこの話を知ったのは祖父が亡くなってからです。

祖父は厳格でしたが、僕はおじいちゃん子だったので、かなりなついていました。

 

けれども祖父の口から曾祖母を目の前で亡くしたことは生前には一度も聞きませんでした。

 

ただ、祖父が亡くなる少し前のある日のことでした。

お酒を飲んでなのか、年をとって涙腺が緩んだのか、普段は感情を出さない祖父が人前で涙を流したことがあったそうです。

泣きながら母親を目の前で亡くしたことを相当悔いていたと聞きました。

これは葬儀後に祖母から聞きました。

 

その後祖父の書斎を整理していたら自伝が出てきて、冒頭の経緯を知りました。

 

僕にとっては被爆体験は想像の世界です。それも読書を通じた世界しか知りません。
慕っている人が、大切な人を目の前で亡くしたつらさを想像して、それが自分にとってもつらい、というレベルの話です。

 

日本, 広島, ドーム

 

でも、今でもこの話を思い出すと胸が苦しくなります。

 

じいちゃん、つらかったよなぁ
母ちゃん、目の前で死んじまうのはつらいよなぁ

 

自伝を読んで真っ先に感じたのは、祖父への同情でした。
厳格さと優しさを持ち合わせた祖父に様々な過去があったんだと。

 

だから、原爆投下は僕にとっては慕っている人の悲劇として刻まれているのです。

人格形成期にこういった経験を持ったからこそ、僕にとって広島の原爆投下は重要なテーマになっています。

 

ひろしまタイムラインの製作者の思いは十分わかるのですが、同時にコンテンツとして消費してしまう「軽さ」も感じてしまいました。

なんというか、故人の被爆体験をコンテンツ化して弄んでいる、って感じてしまったんですよね。当然制作者の意図は違うと思うのですが、ツイッターで多くの人が反応している様子を見て、なんともいえない違和感・嫌悪感に襲われてしまいました。

 

過去の思いを受け継いでいくことはとても大切だと思います。

そこにいた人たちが何を感じ、どう動き、何を考えたのか。

ですから、過去の惨事を啓発していくこと、当時の経験を語り継いでいくことは大事だと思います。

 

ツイッターの反応を見て、あまり否定的なことを言うのもどうかと思いましたが、こういう感情を抱いた人間がいたことも事実なので、あえて発信することにします。

 

よく教育現場では当事者だからこそ取り上げてはならない問題があると言います。

たとえば、殺人事件の被害者や震災の被災者にその問題を取り上げたらどうなるか。

そのことを思い出して、過呼吸になったり、辛い記憶を呼び起こすと思います。

 

僕にとっては原爆は想像上の出来事に過ぎません。

でも、大事な人が母親を亡くす大惨事としても刻まれています。

当事者ではないけども当事者に近い被爆三世という存在だからこそ、当事者の思いを、軽い扱いをするように見えたことが、僕がひろしまタイムラインへ嫌な感覚をもった理由なのかなと感じました。

 

近くて遠い、なんともいえない距離感です。

 

 

エネルギー, インスピレーション(アイデア), 惑星, 水域, 光, 想像力, 自然, 灯, 創造力, 反射

 

こちらは冒頭の記事の続きです。ひろしまタイムラインへの制作者の思いが綴られています。

 劇作家の柳沼昭徳さんの監修のもと、広島ゆかりの10代~40代の市民11人が企画に参加。当時の新聞記事を読んだり、親族への聞き取りを重ねるなどし、3人の生活や人柄、世間の空気に思いをはせた。日記の日付に合わせてツイートを投稿しているが、丸写しではなく、現代の人にも共感しやすい言葉に置き換え、想像も交えながら、戦時下の日常の出来事や思いをつぶやく。
 学生時代から被爆証言の継承活動を続けている被爆3世の福岡奈織なおさん(27)は、他の女性2人とともにやすこのアカウントを担当。やすこは新婚で、夫が出征した直後の5月に初めての妊娠が判明。「ここ2週間ほどご飯がいただけません」(5月21日)とつわりに苦しんだり、「一緒に死ぬのならまだ諦めもつくけれど、別れ別れに死んでゆくことを思うと、たまらない」(5月24日)と夫を思う日々などをつづっている。福岡さん自身も今春結婚したばかりで、「自分を重ね合わせる部分もある」という。

 一郎とシュンは3月から、やすこは5月から毎日ツイッターで発信していたが、企画への関心は8月6日の原爆の日に一挙に高まった。「#ひろしまタイムライン」はツイッターのトレンドで上位に入り、フォロワー数も急増。やすこの「ものすごい光 地響き、家が揺れて 電気のかさやガラスがふきとんで」というツイートは6000回以上リツイートされ、「赤ちゃんも大丈夫でしょうか」などと案じるコメントが並んだ。
 だが6日のツイートばかりが「バズって」(爆発的に広まって)いることに、福岡さんは複雑な心境でいる。「それまでの生活や思いを知った上で初めて、あの日にやすこが感じたことを理解できるのではないか」と思うからだ。
 ツイッターの投稿は年末まで続く。福岡さんは「8月6日に焼け野原になってたくさんの人が亡くなったことだけが原爆じゃない」と力を込める。「ずっと放射能の怖さを感じ、大勢の死傷者を見たトラウマ(心的外傷)と生きなくちゃいけない。原爆とは何だったか、私たちが考え出すのはこれからだと思う」

 

ひろしまタイムラインは年末まで続きます。

ご興味のある方は是非ご覧ください。

www.nhk.or.jp

 

この文章を言語化するきっかけを、こちらの記事にいただきました。

ありがとうございました。

senobi.hateblo.jp

 

▼ちなみに私が教師になった遠因も祖父の被爆体験が関係しています。こちらの記事に書いています。

www.yutorix.com

 

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【大人のための政治経済】日銀の金融緩和は続くも、家計にお金は回らない

 

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日本銀行ETFの追加買い入れを決めました。今日はこの問題について解説します。

 

結論はこんな感じです。

 

 

日銀がETFを買ったってどういうこと?

そもそも日本銀行のしていることは何なのでしょうか。

日本銀行は日本の中央銀行で、政府の会計管理や日本銀行券の発行、銀行の預金受け入れや貸し出しなどを行っています。

こうした役割を通じて、「物価の安定」や「金融システムの安定化」を目指しています。

 

さて、ETFとは上場投資信託のことです。

投資信託とは様々な株などを組み合わせて販売している金融商品で、イメージは株式の幕の内弁当です。ETF上場と名前がついている通り、証券取引所で売買されています。一方で普通の投資信託証券取引所で売買されていません。

さて、その日銀がETFを買うことによって何が起きるのか?

 

日銀の目的は物価の安定と金融システムの安定化です。これを達成するには、お金が必要なところに滞りなく流れるよう、資金循環を円滑にしなければなりません。

 

しかし、コロナショックなどで企業業績が悪化すれば投資家が株を手放し、株価が下落する可能性があります。しかし、日銀のETF購入が続けば、株式市場に資金が円滑に流れ、企業が保有する株価の下落を防ぎ、企業の資産価格の上昇をもたらします。

 

株式, 取引, 監視, ビジネス, ファイナンス, Exchange, 投資, 市場, 貿易, データ

 

次のグラフをご覧ください。

日本銀行のETF買い入れ額の推移(年間)

 

日本に上場しているETFの純資産残高の推移

(どちらもhttps://www.nikkoam.com/products/etf/we-love-etf/history/history05より)

 

日銀のETF購入量は黒田晴彦総裁が2012年に就任して以降徐々に増加していき、それに合わせて日本のETF残高も右肩上がりで上昇していきました。これだけの資金を市場に供給したのは、お金が大量に使われ、経済成長が起こり、インフレーションが生じることを期待したからです。

 

もちろんETF以外にも国債などを日銀は購入しています。その結果、大量のお金が市場に供給されました。市場に出回っているお金の量を示すマネーストックを見てみると次の通りです。

マネタリーベース、マネーストック、マネーサプライの違いは?過去推移 ...

引用:マネタリーベース、マネーストック、マネーサプライの違いは?過去推移を調べる方法 | 1億人の投資術

 

すごいですね。2012年頃が800兆円ほどで、2018年には1000兆円を超えています。ちなみに2020年では1380兆円ほどになっています。つまり、10年足らずで市場に出回るお金の量は500兆円ほど増えたわけですね。

 

 

では、この時期の経済成長率はどうだったのか?

 

1%を推移しています。

 

お金は大量に供給しているが、配分の偏りがあるために経済は回復しない

 

資金供給が増え、経済成長も1%ほど安定的にしている。

ただ、それが家計に流れているわけではありません。次のグラフは国税庁の平成30年度民間給与の実態調査結果です。

 

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平成21年はリーマンショックが直撃した年ですが、そこから約10年が経っても平均給与はほとんど上昇していません。つまり、経済成長は毎年1%ほどしていて、かつお金もジャブジャブ株式市場に流れていて、企業はたくさん資産を保有している状況にもかかわらず、家計にはほとんどお金が流れていない状況なのです。

 

現在の安倍政権の経済政策の根幹は中央銀行による2%のインフレ上昇率を目指した金融緩和と企業への資金供給です。安倍政権の狙いとしては、企業への資金供給が労働者に分配され、それが家計の消費につながるという狙いなのですが(これをトリクルダウン効果といいます)、バブル崩壊後の銀行からの貸し渋りリーマンショックを経験した日本企業は賃上げを認めてしまえばコスト増になってしまうため、中々労働者への分配には及び腰のようです。

 

でも、経済の根幹は需要の増加にあります。モノやサービスが購入されなければ、物価は上昇しません。現在の日本はコロナショックもあり需要不足ですが、それとは裏腹に日銀のETF国債の購入によって株価は維持されているようです。株価の下支えには効果を発揮しているようですが、実体経済の回復には家計支援という点で政府の支援が必要かというところかと思います。

それでは!

 

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もし解説してほしいニュースなどがあれば、是非コメントいただけると幸いです!

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【大人のための政治経済】UAEの原発稼働、リスクの火種はテロのみにあらず

 

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8月1日、中東で初の原子力発電所が稼働しました。

 

www.nikkei.com

 

 

UAE原子力発電所が稼働

 

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まずアラブ首長国連邦UAE)がどんな国なのか、さっと見ていきましょう。

オレンジ色の国がUAEです。人口1千万に満たない小規模国家ですが、石油や天然ガスの埋蔵量は世界屈指の産油国です。

首長が治める五つの首長国から成り、連邦全体としては大統領制を採用しています。首長国の中でもアブダビが突出しており、実質的にはアブダビ首長が大統領を世襲している独裁国家です。

外交的にはサウジアラビアや欧米諸国寄りの立場をとっています。

ちなみにかのドバイUAEにあります。

 

なぜ世界有数の産油国原子力発電を導入したのか?

それは拡大する電力需要をまかなうために安定的な電力供給体制を構築する必要があったからです。

天然ガスなどのエネルギー資源に依存し続けるのではなく、原子力発電に可能性を見いだし、原発発電にこぎつけました。

 

globalnewsview.org

 

原子力発電所が中東に置かれることのリスク

 

まず地理的なリスクです。

現在の中東情勢は非常に不安定です。大まかな枠組みで言えば、シーア派の大国イランを中心とする陣営と、スンナ派の大国サウジアラビアを中心とする陣営に分かれています。

イランとサウジは中東における覇権を目指してシリアやイエメンで代理戦争を行っており、またイランが核開発を行っている疑いがあるため、中東情勢が極めて緊迫しているといえます。

また、イラク戦争アラブの春以降、中東の多くの独裁国家が崩壊し、テロリズムの温床となっています。イスラム国やイラクにおける米軍に対する自爆テロなど個人が国家に対して攻撃を仕掛けることが珍しくなくなりました。

 

UAEサウジアラビア側の陣営に属していますが、上記のようなイランとの緊迫関係テロリズムの脅威などがリスクとしてあげられます。地理的なリスクが非常に大きいのです。

昨年度、サウジアラビアの産油施設がドローンで攻撃されましたが、こうした事態がUAE原発施設で起こらないとは言い切れません。

globe.asahi.com

 

次に核兵器拡散のリスクです。

核兵器を巡る現在の国際秩序の原則は「持っている国は持ち続け、持たない国は永遠に持たない」という原則です。

この根拠は1968年に調印された核拡散防止条約に求められます。この条約では、既に核兵器保有している五大国(アメリカ、イギリス、ソ連(ロシア)、フランス、中国)にのみ核の保有を認め、それ以外の国は核兵器保有を認めないということが決められました。

ただし、原子力の平和利用は認められており、 原子力発電所の建設は認められていますが、IAEA国際原子力機関)の査察を受け、核開発をしていないかどうか、常に国際的な監視を受けることになります。

 

現状、中東地域の中でもUAEやサウジが原子力発電に期待を寄せていますが、核開発能力を持ちたいという思いもあるようです。というのは、敵対するイランが核開発能力を持っているためです。

アメリカはこうした状況に対して注視していますが、リスクとして核拡散が起こりうる可能性もあります。仮に核拡散が生じれば、中東情勢はさらなる緊迫状態へと陥るかもしれません。

www.nd-initiative.org

 

日本への影響は?

 

日本はサウジアラビアUAEに多くの石油を依存しています。

中東で原発事故が生じれば、原油の供給体制に何らかの影響が生じるかもしれません。

ともすれば、原油価格の高騰、あるいはクリーンエネルギーの開発へと官民挙げて取り組まざるを得なくなったり、家計への影響や産業構造の変化などの影響をもたらす可能性があります。

 

↑ 日本の原油輸入元(石油統計、万kl)(2018年)

引用:中東依存率は88.2%…日本の原油輸入元をさぐる(石油統計版)(2019年公開版)(不破雷蔵) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

まとめ-不安定な情勢の中でリスクが大きい

 

それでは今回の記事のまとめです!

  • 地理的なリスクあり=イランとサウジで二分され、テロの温床地帯となっている中東地域に原発を置くリスク
  • 核拡散のリスク=サウジやUAE原子力の平和利用のみならず、核開発能力の確保を模索している
  • 中東情勢が緊迫化し、原発事故が起こるかも?

 

以上、UAE原発稼働問題の解説でした。

日々流れるニュースを理解する参考になれば幸いです。

それでは!

 

 ▼中東情勢のオススメ本について書評を書いてます。

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【主権者教育のヒントに】対話とデモが大事なわけ-民主主義は私たちがつくるもの

 

www.ide.go.jp

 

久々に面白い記事を見つけました。

リンク先の記事は民主化について論じていますが、この記事では民主主義の限界とそれをどう乗り越えるかについて論じます。

 

 

手続き的民主主義とその限界

民主主義には多様な定義がありますが、その中でもロバート・ダール博士の手続き的民主主義が有名かと思います。

 

ダール博士はまず、民主主義を「 政治体制の原理」として限定し、それを、市民の政治参加の程度(政治的平等)と、公に異議を唱えられる程度(政治的自由)という二つの要素から測定可能なものとして定式化しました。そして、この二つの要素を構成する、市民的・政治的諸権利(表現の自由、結社の自由、報道の自由、選挙権、被選挙権など)が、実際に行使される一つの機会として「自由・公正な選挙 」が注目され、また、その実施のされかたによって民主主義か否かが判断できると考えられるようになりました。

すなわち、このような民主主義の定義(これを「手続き的民主主義」と呼びます)に則るとすれば、「民主化」とは自由・公正な選挙の実施を目標とし、それを担保するような市民的・政治的諸権利が獲得・整備されるプロセスだと理解できるのです。民主化 民主主義を「作る」試みと、それを超えるもの - ジェトロ・アジア経済研究所

 

▼こちらの記事でロバート・ダールについて言及しています。

www.yutorix.com

 

民主主義を手続き的なもの、つまり制度的な条件の整備に着目して捉えれば、政治過程は静的なものとなります。

もちろんダール博士の指標化により国際比較が可能になり、研究が進展していったという成果はあるのですが、制度はあくまでも民主主義の形式的要件です。当然、彼は分厚い中間層などの社会的条件にも着目していましたが、それらもあくまで存在しているかどうか、という静的な条件です。

 

しかし、民主主義というのは、手続きに則って制度を活用したり、あるいは制度の不備を指摘するといった動的な側面を含みます。たとえば、デモや陳情などです。

丸山眞男という政治学者がいましたが、彼は民主主義を「不断の永久革命」と呼びました。つまり、民主主義を実現するには、制度の整備だけでなく、人々が不断に行動し続けなければならない、ということを意味します。

 

 丸山眞男

 丸山眞男 1914-1996。20世紀の日本が生んだ世界的な学者・思想家。父・幹治は戦前の代表的政論記者。その友人・長谷川如是閑の薫陶をうけて育った。日本学士院会員、ハーバード大学プリンストン大学名誉博士東京大学名誉教授。主著『日本政治思想史研究』『現代政治の思想と行動』は数ヶ国語に翻訳され、世界中に広い読者をもつ。『日本の思想』は岩波新書中でも超ロングセラーの一つである。南原繁の勧めで日本政治思想史を専攻し、徳川時代における近代的思惟の形成を実証して、この学問分野の確立に資した。また治安維持法による検挙・勾留や一兵卒としての兵営生活の経験などをふまえ、近代日本の天皇制的精神構造を内側から分析し、「抑圧移譲の原理」や「無責任の体系」の仕組みを解明した。さらに福澤諭吉研究を通して明治維新がもつ今日的意義を明らかにし、自発的結社を核とした「市民社会」の形成や「精神的貴族主義」の必要を強調した。永久革命としての民主主義の主張、また戦後の大衆社会状況下での人々の原子化と大衆民主主義の陥穽(画一化)の指摘はこれと裏腹の関係にある。米ソ冷戦の最中に、政治的リアリズムの観点から日本国憲法第九条のもつ世界史的意義を高唱し、国際秩序の再編を構想した。丸山眞男文庫 バーチャル書庫

 

 民主主義を実質的なものにするには対話や直接行動も重要

 

「選挙」に還元または矮小化されがちな「民主主義」や「民主化」は、そこで展開される政治の、重要であるが「あるひとつの側面」を捉えるものでしかないということなのです。民主化 民主主義を「作る」試みと、それを超えるもの - ジェトロ・アジア経済研究所

 

近年、投票率の低下が先進民主主義諸国で共通の問題となっています。

この原因はさまざまにありますが、一つは行政権の肥大化があげられます。つまり、社会が複雑化するにつれて行政の役割が大きくなっていき、選挙で選ばれる政治家よりも官僚の影響力が強くなってしまい、国民が政治をコントロールするのが難しくなってきたという現象です。

これを象徴するのが内閣提出法案の成立率の高さです。政治家ではなく官僚が法律を作って、国会でこれが多数成立してしまうのです。これ自体は国会の第一党が与党となり、政権を組織する議院内閣制を日本が採用している以上は当然起こってしまうことです。しかし、これはますます官僚の影響力を増大させてしまいます。

 

だからこそ、人々が選挙以外の回路で政治家に働きかけ、立法措置を取るよう促すことが大事なのです。つまり、「選挙制度立憲主義的な憲法があるから民主主義が成立しているんだ!」ということではなくて、選挙制度を活用する、デモや陳情など選挙制度以外の政治参加方法も検討する、SNSなどを使って発信する、政治家が立憲主義的に憲法を運用しているか監視する、といった感じで、立法府が正常に民意を反映するよう行動することが大切なのです。代議制民主主義では、政治家と国民の間でどうしても意識の差が生じてしまうので、そこを埋める営み、努力が不断に行わないといけないのです。

 

ここにおいて、民主主義の定義は単純な手続きではなく、人々が自らを統治すること、ということになろうかと思います。この定義はカール・シュミットが述べている、「民主主義とは支配する者と支配されるものが同一であるということ」という定義と非常に近いかと思います。

 

多様な政治回路を活用する市民、これを主権者教育で念頭に置いていきたいところです。

 

 

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ジェトロのこちらのサイト、無料で質の良いレポートが読めるので、ぜひ寄ってみてください。

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【学校・教師の役割とは?】アマルティア・センに学ぶ教育格差への処方箋

 

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先日のこちらの記事では、教育格差がなぜ問題かについて考えました。

簡単に言えば、自由を根本的な理念とする社会にもかかわらず、初期条件によって、その後の人生において享受できる自由の程度に差があるから問題だという話でした。

だからこそ、自由の配分等しくすべきなのです。

 

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選択肢の配分

 

では、どうすれば格差を是正できるのか。

 

前提として、格差をなくそうとは考えていません。また、格差にも様々な種類があります。

資本主義社会を競争を核としていますから、結果的に経済格差が生じ、それに伴う文化資本や教育格差が生じるのは仕方ありません。自由を重視すれば、格差は必ず生じます。

しかし、スタート地点に差があっては競争は公正に行われません

ですから、どんな出発地点であれ、誰しもが自らの可能性を追求できるよう、その後のレールにおける機会は平等であるべきなのです。

つまり、競争が公正に行われるために人々の自由(選択肢)を適切に配分することが教育格差是正の一つの方法といえましょう。

 

では、どのように配分すれば良いのか。

 

それについて、アマルティア・センの考え方が参考になると思います。

 

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アマルティア・セン

 

 

 

アマルティア・センの思想-機能と潜在能力

 

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アマルティア・センはインド出身の厚生経済学者です。

彼の思想の中でも「機能」と「潜在能力」が思考の整理に役立ちます。

 

  • 機能とは、個人がなし得ること、なり得るもの全てを表わします。たとえば、「栄養を摂取すること」、「自由に移動すること」、「他人をもてなすこと」、「文字が読めること」などです。
  • 潜在能力とは、各個人の生き方における選択の機会の豊かさ、あるいは選択の機会としての自由を表現する概念です。さらにいえば、ある個人が実現できる様々な機能の水準の組み合わせ全体の集合を指します。

 

ある個人にできることがどれだけあるのか、その選択肢が多いほど自由である度合いが高いといえます。

居住地域や家庭などによって、子どもの潜在能力は大きく異なります。潜在能力を平準化すべきなのか、それとも最低ラインを設けて支援すべきなのかは議論の分かれるところですが、スタートラインにおいて、子どもたちの潜在能力に大きな差があってはならないと強く思います。

なぜなら近代社会は、人々に自由があり、なんにでもなれるという社会的流動性を前提(建前)に成立しているからです。となれば、貧困世帯への支援は潜在能力を高め、人々をエンパワーする営みといえます。

 

ただ、この自由が福祉の給付水準の議論だけに還元されるなら、教育格差への示唆にはなりません。

 

教育格差は文化の問題までを射程とする幅広い教育機会の差に関する問題です。文化を作るのはSNSなどマスコミなどのメディア、学校などです。文化の差を考慮しつつ、如何に多様な選択肢の存在を知らせるか、つまり人々がもつ選択肢を増やせるきっかけを与えられるか、ここに学校や教員の役割があるんじゃないかと感じます。

 

経済的に是正できる福祉の領域は政府による施策が対応できます。けれども、知力や市民的徳性、民主主義的態度の育成などは学校や教師の役割でしょうし、社会構造を知って将来のキャリアを描けるようにすることなども学校を通じて身に付ける機能だと考えます。

 

さて、まとめです。

  • 自由を根本的な理念とする社会にもかかわらず、初期条件によって、その後の人生において享受できる自由の程度に差があるから教育格差は問題である。
  • 人々の自由(選択肢)を適切に配分することが教育格差是正の一つの方法。
  • 配分する自由とは、選択肢(機能)の多様さを意味する潜在能力のこと。この機能は種類ごとにどのセクターが配分するか変わってくる
  • 批判的思考力や市民的徳性、民主主義的態度の育成も機能であるが、それらは学校が主導で育成すべき

  

来年、経済の授業を受け持ったら教育格差を取り上げてみようかな…

それでは!

 

参考文献

  1. 末永 カツ子 他(2005年)「公共性理論についての論考」東北大学大学院教育学研究科『東北大学大学院教育学研究科研究年報 第53集・第2号』
  2. 柴田 謙治(2015)「アマルティア・センの正義論― 潜在能力の平等と共感、公共的推論」金城大学金城学院大学論集 社会科学編 第12巻第 1 号』
  3. 蓼沼宏一(2011)『幸せのための経済学』岩波ジュニア新書

 

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「義務教育で金融リテラシーを育てるべきだ」という意見について

 

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こんにちは、しらすです。

 

義務教育で金融リテラシーを育てるべきだ!という意見、たまに耳にしませんか?

 

それについて思うことをまとめたので、良ければご一読ください。

 

 

結論から

 

結論から申し上げます。

 

義務教育下で金融リテラシーの育成は必要とは思いますが、同時に道徳・倫理面の教育も必要と考えます。

※ここでの「義務教育」は実質的にほぼ全員が受ける教育のことで、高校進学率が約99%であることを鑑み、高校までを含みます。

 

金融リテラシー

そもそも金融リテラシーとは何なのでしょうか。

 

金融庁は「最低限身に付けるべき金融リテラシー」として、以下の4分野15項目を掲げています。

 

分野は次の4つです(かっこ内は項目の何番目かを表わします)。

第1に家計管理(1)

第2に生活設計(2)

第3に金融知識及び金融経済事情の理解と適切な金融商品の利用選択(3~14)

第4に外部の知見の適切な活用(15)です。

 

そして次が15の項目になります。

  1. 適切な収支管理(赤字解消・黒字確保)の習慣化
  2. ライフプランの明確化及びライフプランを踏まえた資金の確保の必要性の理解
  3. 契約にかかる基本的な姿勢の習慣化
  4. 情報の入手先や契約の相手方である業者が信頼できるものであるかどうかの確認の習慣化
  5. インターネット取引は利便性が高い一方、対面取引の場合とは異なる注意点があることの理解
  6. 金融経済教育において基礎となる重要な事項(金利(単利、複利)、インフレ、デフレ、為替、リスク・リターン等)や金融経済情勢に応じた金融商品の利用選択についての理解
  7. 取引の実質的なコスト(価格)について把握することの重要性の理解
  8. 自分にとって保険でカバーすべき事象(死亡・疾病・火災等)が何かの理解
  9. カバーすべき事象発現時の経済的保障の必要額の理解
  10. 住宅ローンを組む際の留意点の理解
  11. 無計画・無謀なカードローン等やクレジットカードの利用を行わないことの習慣化
  12. 人によってリスク許容度箱となるが、仮により高いリターンを得ようとする場合には、より高いリスクを伴うことの理解
  13. 資産形成における分散(運用資産の分散・投資時期の分散)の効果の理解
  14. 金融商品を利用するにあたり、外部の知見を適切に活用する必要性

出展:「最低限身に付けるべき金融リテラシー

https://www.fsa.go.jp/news/25/sonota/20131129-1/01.pdf

金融経済教育に関する情報:金融庁

 

Personal Finance III

 

どれもめちゃくちゃ重要ですね。

 

特に社会人になって、自らの稼ぎで生活しはじめるようになると、上記のリテラシーがあるかどうかが非常に重要になるかと思います。

言いづらいことではありますが、こうした知識があるかないかで、生活の質・経済的な豊かさも変わってきます。

 

たとえば、個人的な事例で言えば、保険の知識をもっていて得をしたケースがあります。

 

新卒入社してから1週間後くらいに、保険のお兄さんが営業に来ました(海峡のような名前の会社です)。

独身で若いこと、私学共済で十分と考えていことから、加入する気はゼロだったことから契約はしませんでしたが、もし何も知らずに加入していれば、結果的に大損、家計を圧迫する材料になっていたかと思います。

 

老後2000万円問題と労働市場の変化

2019年6月頃、金融庁が発表したレポートが議論を呼びました。

 

夫 65 歳以上、妻 60 歳以上の夫婦のみの無職の世帯では毎月の不足額の平均は約5万円であり、まだ 20~30 年の人生があるとすれば、不足額の総額は単純計算で 1,300 万円~2,000 万円になる。この金額はあくまで平均の不足額から導きだしたものであり、不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる。当然不足しない場合もありうるが、これまでより長く生きる以上、いずれにせよ今までより多くのお金が必要となり、長く生きることに応じて資産寿命を延ばすことが必要になってくるものと考えられる。

出典:金融審議会「市場ワーキング・グループ」報告書の公表について:金融庁

 

ライフスタイルにもよりますが、老後の豊かな生活には2000万円ほど必要という衝撃的な数字です。

 

加えて、近年においては、労働市場が成果型にシフトしており、一つの雇用先にのみ依存しないために複業や副業、資産運用など、収入源を多角化することの重要性が増しています。

 

そして、これらは教員の大半である公務員にも当てはまると考えています。

というのも、この先ずっと公務員である保障はないからです。

たとえば、1980年代に中曽根康弘内閣の下で国鉄電電公社・専売公社が民営化されました。

また、2000年代には国立大学が国立大学法人と組織が全く変質してしまいました。

最近の例でいえば、水道事業の民営化があげられます。

 

現在、国家財政・地方財政はものすごい勢いで悪化しています。新自由主義的な改革の流れの中で、主に都道府県ごとに採用されている教員も将来的には独立行政法人化のあおりを受ける可能性があるのではないかと思っています。

 

こうした社会経済情勢の急激な変化の中では、どのようにライフプランを組み立てるのか、またどのように資金を確保するのかが非常に重要となります。

 

話がそれてしまいましたが、要は子どもだけでなくて、大人にとっても金融リテラシーは重要だと言うことです。

 

確かに資本主義は厳しい

#capitalism

 

資本主義は競争を根本原理としますから、結構厳しいです。

 

2014年にトマ・ピケティというフランス人経済学者が『21世紀の資本』という本を書き、世界的なベストセラーとなりました。

 

その本である命題が書かれていました。

 

r>g

 

これはr(資本収益率)の方がg(経済成長率)よりも高いことを意味します。

つまり、株の運用益な資本によって得られる富の方が、働いて得られる富よりも成長が早いということです。

 

なんのこっちゃですね。

もう少しかみ砕いていれば、出世して得られる昇級のスピードより、株価とかの上昇スピードの方が早いよ、ということです。

 

だから、働かずに株などの不労所得で生きる人の方が、働いて給与をもらうだけの人よりも豊かになっていくわけです。

 

だから、資本主義社会では豊かになりたければ、絶対に資産運用をしなければならないのですね。

ここでも、金融リテラシーの有無によって大きく差がついてしまうわけです。

 

それは理論だけでなく、日本の仕組み上もそうなっています。

日本の税制は累進課税制度を採用しているので、所得が高くなればなるほど、徴収される税額も高くなります

一方で、株式などの運用益にかかる税率は一律約20%です。

 

たとえば、1億円の給与所得をもらっている人がいて、所得税額は約4000万円です。最高45%の税率がかかります。

一方で、資産所得の場合は20%なので、約2000万円が税金として徴収されます。

 

働いて資産を育てるには限度があり、逆に言えば、資産運用した方がお得なのです。

 

こうした資本主義の仕組み、つまり社会の仕組みを教わることなく、我々は社会に巣立っています。ライトがぶっ壊れた車で夜道を走るようなイメージですね。こわっ。

 

『教育格差』の著者である松岡亮二先生も、学校は資本主義から子どもたちを保護しているように見える一方で、学校を出たとたんに資本主義経済における労働市場で厳格に評価されると言っています。

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論語とそろばん

ここまで書いてきて、なんて俺はがめついんだ…と自己嫌悪してしまいましたが、今まで述べたような教育だけやってしまえば、あら不思議、強欲な守銭奴が誕生します。

 

だから、金融教育を行う場合には並行して、道徳教育も行うべきだと思います。

 

資本主義はそもそも競争を根本原理としますから、絶対に競争からの落伍者が出てきます。

そうした人たちをどう救うべきか、また競争自体をどうやってフェアにすべきか、という問題が必ず生じます。これは配分の偏りをどう是正すべきか、という正義の問題なのですが、こうした視点がないと社会全体が荒廃し、結果的に全員が共倒れになってしまいます。

 

たとえば、格差が拡大しすぎてしまえば、全体的な需要が減少してしまうので、結果的に経済全体が縮小します(金持ちでも貧しい人でも必要なものにはそれほど差がなく、現代社会では安価に便利なものを購入できるからです)。

 

そして、格差の中で困窮した人をそもそも救うためには、理屈だけでなく、苦しんでいる人に対する憐憫の情をもつことが必要と考えます。

経済学者のマーシャルは"Cool head but warm heart”(冷静な頭脳と暖かい心)が必要だと言いました。

経済学の父であるアダムスミスは市場原理に加えて「共感」の重要性を述べています。

日本の近代資本主義の父とされる渋沢栄一は『論語とそろばん』という著作の中である主張をしています。一つは、道義を伴った利益を追求せよというもの。もう一つは、自分より他人を優先し、公益を第一にせよ、という主張です。要するに、金儲けをすることと、世の中に尽くすことを両立しなさい、という主張を掲げたわけです。

 

経済的な偉人は、必ずと言っていいほど、経済と道徳の両立を主張しています。

それは利己心のみでは経済が破綻してしまうことを知っていたからではないでしょうか。

厳しい経済も根本には人と人との繋がりがあるのです。

 

資本主義に最適化した、勝ち抜くことだけしか眼中にない利己的な人を育ててしまうのであれば、金融教育は失敗といえるでしょう。

けれども、社会に出るまでに金融リテラシーを身に付けておかなければ、必ず苦しい生活が待っています。

 

だからこそ、金融教育と道徳教育とをセットで行うべきだと思うのです。

 

2030年までの実現目標として掲げられたSDGsも経済と環境、社会との調和を目指しています。こうした社会情勢だからこそ、これからの教育としての金融教育の在り方を考えていきたいと思います。

 

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【書評】蓼沼宏一『幸せのための経済学』~教育格差是正のヒントを経済学から考える~

 

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今回は書評記事です。書店のSDGs特集棚に並べられていた一冊。

蓼沼宏一『幸せのための経済学』岩波ジュニア新書

経済学の主要な考え方である効率性衡平性という考え方が身につきます。

 

 

ざっくり概要

 

  • 経済は、社会を構成する人々ひとりひとりの福祉を高めるためにある。
  • 福祉とは「ひとが良い状態にあること(Well-being, or welfare)」
  • 本書は、人々の福祉をどう評価するか多様な観点から考える。

 

経済学は資源配分を考える学問です。

資源配分とは、どれくらいのモノやサービスが個々人に分けられているか、ということです。この配分を巡って、効率性衡平性という2つの異なる考え方があります。

効率性とは、資源配分で無駄なく生産・分配されている度合いのことです。

一方で衡平性とは、資源配分の結果、人々の状態に偏りがなく、バランスがとれているかどうかのことを指します。

ちなみに公平性とは、取引などのルールや手続きにえこひいきがなく、フェアであることをいいます。

 

市場は、無駄なくほしい人の下に財やサービスを供給しますから、極めて効率的に運営されているといえます。しかし、分配面に着目すると、それを手に入れた人はお金を払った人、払えた人なわけであって、人々の状態には格差が生じています。

確かに効率性の実現には格差が生じるのは当然なのですが、それでも一部の人が極端に厚遇されたり、ある人々が不遇であるというような、社会的境遇に格差のない状態が求められます。つまり、衡平性の基準からの社会評価も満たす必要があります。

 

効率性を犠牲にすることなく、どこまで衡平性を達成できるのか。

これが筆者の掲げる命題です。

ここに教育格差を考えるヒントがあると感じました。

 

教育格差を経済学的に捉える指標~機能潜在能力

 

草, Soap, 気泡, 自然, うれしそうな, カラフルです, 反射, ボール, ツリー, 緑, 笑顔

 

蓼沼先生は格差について以下のように述べられています。

格差を論じるときには、まず何に関する「差」であるのかを明確にしなければなりません。人々の状態・境遇に格差がなく、釣り合いがとれているさまを「衡平」とよびます。格差と同様に、所得の衡平、消費の衡平、教育の衡平など、さまざまな面での衡平が考えられます。それゆえ、何に関する衡平かを明確にする必要があります。経済の目的は人々の福祉を高めることですから、経済システムの望ましさを判断するときに最も重要なのは、人々の福祉に関する衡平です。

…(中略)…異なる個人間で状態・境遇を比較評価し、その格差を拡大すべきか、縮小すべきかを考慮する必要があります。その格差を縮小すべきであるという考え方が、衡平性の基準に他なりません。(PP.94-96)

 

格差を考えるときには、そもそも何についての差かを考えなければなりません。

経済学では、人々の福祉に関する衡平性が格差を考えるときの判断基準になります

 

そして福祉水準の評価基準には、さまざまな指標があります。

その中でも蓼沼先生が最適な基準として考えていられるのが、機能という指標です。

 

  • 機能とは、個人がなし得ること、なり得るもの全てを表わします。たとえば、「栄養を摂取すること」、「自由に移動すること」、「他人をもてなすこと」、「文字が読めること」などです。この指標はインド人経済学者であるアマルティア・センによるものです。

 

一方で、蓼沼先生は機能以外の指標では、モノ・サービスの消費量や労働量も考慮すべきだと言っています。ただし次善の評価規準という但し書きをしています。

 個人の健康状態・ハンディキャップの程度や、教育水準・社会基盤などがほぼ均質な社会においては、各個人の福祉を決定する主要因はモノ・サービスの消費量および労働量であると考えられます。(PP.97)

 

ただ福祉指標はこれだけに限りません。

日本社会では急速に格差が拡大しています。こうした社会において、人々の間には大きな機能の差があると考えられます。そうした機能をどれだけ持っていて、どれだけ選ぶことができるかという福祉指標を、潜在能力といいます。

 

  • 潜在能力とは、各個人の生き方における選択の機会の豊かさ、あるいは選択の機会としての自由を表現する概念です。さらにいえば、ある個人が実現できる様々な機能の水準の組み合わせ全体の集合を指します。これもアマルティア・センの考案によるものです。

 

社会にあって、どれだけの生き方の選択肢に恵まれているかという「福祉に関する自由度」を表現するもの。簡単に言えば、どれだけ「できること、なりたいもの」のメニューが用意されているか、ということです。

 

人々には将来どのように生きるのか、生きたいのか、多様な生き方の選択肢が用意されています。けれども、そのメニューの豊かさは人によって大きく異なります。

先進国と貧困国、裕福な家庭と貧困家庭、社会的差別の有無、ハンディキャップの有無や程度、学習能力の高い人と低い人、体力のある人と乏しい人など、様々な要因によって、なし得ること、なり得るものの選択肢の豊かさには大きな格差が生じてしまいます。だからこそ、潜在能力という指標は、人々の衡平性を測る指標として有用なのです。(PP.46-47)

 

蓼沼先生によれば、潜在能力を決める主な要因は三つに分けられます。

その第一は、入手可能なモノやサービスの種類と量であり、これは各個人の持つ所得・富とモノやサービスの価格という経済的条件によって決まります。

第二は、健康状態、ハンディキャップの程度、知力、体力、共同体内での地位などの各個人の特性です。

第三は、公衆衛生、教育制度、人種やジェンダーによる差別の有無、障害者への社会的対応、表現の自由、集会の自由などの社会的環境です。(P.47)

  

福祉指標は教育格差を整理する知見になる

 

女の子, 父, 肖像画, 目, 人, 子, 子ども, 小児期, 子育て, 娘

 

近年の日本では、教育格差が問題視されています。複雑で整理しがたい、この問題も潜在能力という観点から整理が可能だと考えます。

 

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教育格差とは、生まれや地域など本人にとって選べない所与条件でその後の人生に大きな格差が生じることです。

 

蓼沼先生によれば、まず何の差かを明らかにするべきで、教育格差とは教育機会の格差とそれに伴う選択肢の格差です。

つまり、人によって活用できる・選択できる機能に差があるということで、これは潜在能力の格差と言い換えてもいいでしょう。

 

教育格差は衡平性の観点から是正されるべきですが、どのように是正すべきかと言えば、先ほどの潜在能力の三つの決定要因に従って整理していくとわかりやすくなります。打開策を考案するときに、どの領域を活用すれば良いかが見えてきます。

改めて要因を示すとこちらになります。

 

  • 入手可能なモノやサービスの種類と量
  • 健康状態、ハンディキャップの程度、知力、体力、共同体内での地位などの各個人の特性
  • 公衆衛生、教育制度、人種やジェンダーによる差別の有無、障害者への社会的対応、表現の自由、集会の自由などの社会的環境

 

たとえば、入手可能なモノやサービスの種類と量の差は、経済的条件が決定づけているわけですが、それに対しては行政による支援、図書館などの知的インフラの整備などが対策として考えられます。

また、多様な人との交流や教育制度など、どの領域でどの程度の差が個々人にあるのかがわかれば、市民が自発的に行うべきなのか、個人の問題なのか、それとも行政が制度的に実施していくべきなのかが見えてきます。

 

具体的な教育格差是正の問題はまた別の機会で考えたいと思いますが、本書は格差是正についてどのように考えれば良いのか、思考を整理してくれる良書だと思います。

経済学の知見が大いに役立つと感じました!

 

P.S.そもそもこの記事を書いた出発点が「格差が問題ではなく不平等が問題では」という意見を目にしたことだったのですが、格差それ自体も衡平性という観点から望ましくないということがわかったので、自分としては得たモノがあったなあという感想です。

  

ちなみに蓼沼先生はこちらの本も出版されています。それでは。

 

 

 

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【主権者教育のヒントに】"Change.org"をご存じですか?-社会を変えるプラットフォーム

 

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今年の3月、コロナウイルス感染症拡大に伴って、全国の学校が一斉休校になりました。

4月になっても感染症の流行は収束しませんでしたが、各都道府県の教育委員会は学校の再開を発表。それに対して、高校生らが問題提起の動きを見せました。

 

彼らはインターネットで署名を募り、瞬く間に賛同を集めました。

そして、メディアがその動きを取り上げ、教育委員会は一転、休校の延長を決定しました。

選挙権を持たない高校生が、インターネット上の署名を通じて社会を動かした。

そのプラットフォームを提供しているのが、Change.org(チェンジ・ドット・オーグ)です。

 

 

 Change.org(チェンジ・ドット・オーグ)

Change.org(チェンジ・ドット・オーグ)は、個人がキャンペーンを立ち上げ、賛同者をウェブ署名という形で募るプラットフォームサイトです。

"empower people to change(人々が社会を変える手助けをする)"を理念に運営されています。

www.change.org

 

このサイトを通じて多くの署名が集まり、それを取り上げたメディアが頻繁に報道することで、政治家への圧力になったり、また署名を直接政治家に提出し、立法の陳情をするケースがあります。

たとえば、キャンペーン · 非正規でも産休育休がとれる社会になるよう、育児介護休業法に改正を! · Change.orgというキャンペーンは、実際に立法措置にこぎ就くことができた成功例です。

正規雇用で働く女性のうち育休から復帰できる割合はわずか4%という数字が出ているのですが、その一因となっている「育児介護休業法」の条項を改正してください、と訴えたものです。

 ちょうど育児介護休業法の改正が議論されているタイミングに合わせて1万2000人分の署名を審議委員会に持って行ったところ、来年1月から施工される改正案(今年3月成立)で、非正規雇用者の育休の取得要件が緩和されました。彼女たちの声が実際に法律に反映されたんです。

 ネット署名は世の中を変えることができるのか 署名サイトChange.orgの4年間 (1/2) - ねとらぼ

 

直接請求という制度は憲法上保障されていますが、法律で署名の書式が決まっていたり、リアルで多くの署名を集めるのは大変ですから、かなりハードルが高いです。

もちろんChange.orgの署名は法律上の請求書式に沿っていないので直接請求には活用できませんが、それでも立法成立事例等を見れば政治過程への影響力は非常に大きいといえるかと思います。

 

異議申し立てのハードルが下がったのは素晴らしいです。

 

デジタルプラットフォームは、理想的な民主主義へのハードルを引き下げてくれる

 

Democracy ^_^

 

民主主義は2つの側面からその充実度を測ることができます。

1つは平等な参加、もう1つは異議申し立ての度合いです(厳密な数値化についてはデモクラシーインデックスという団体が民主主義の充実度を数値化して国際比較しています)。

 

平等な参加というのは男女普通選挙制度や被選挙権が制定されているかどうかということです。そして、異議申し立てというのはデモやリコールの請求、陳情など不満があったときに人々が声をどれだけ上げやすいのか、つまり表現の自由や請求権などの憲法上の権利がどれだけ保障されているかということを意味します。

 

確かに日本は制度的にはどちらも保障されているのですが、いざ人々が制度を活用しようと思うと、正直かなりハードルが高い。

選挙ですらめんどくさいと思う人が多いわけですから、署名集めとかかなりめんどくさいんじゃないでしょうか。

その点、ウェブ署名のプラットフォームの整備によって、不満があれば家から声を上げ、賛同したかったら家から署名することができるようになりました。

実名での意見表明のハードルが高い日本だからこそ、デジタルの力でそれを少しでも瓦解しようというのは、日本社会が変わっていく兆しなのかなと思っています。

 

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「主権者教育といえば模擬投票」という学校側への疑問

 

Governor Voting Early


 

学校現場に勤めていて疑問に思ってきたことがあります。

 

 

選挙にいかない理由として、「自分の一票じゃ政治を変えられないから」という無力感があげられます。

実際、有権者のもつ一票の価値は極めて小さいですし、現行選挙制度においては一票の格差という地域ごとに一票の価値が異なるという問題もあるため、有権者は選挙では政治を変えづらいとひしひし感じているようです。

というのも、まず小選挙区制という制度自体が、当選者以外の全ての票を死票にしてしまいます。また、そもそも一人の代表者が多くの利害を持つ有権者の願いを全て叶えることは不可能なので、民意と政策の乖離が生じます。

こうしたところから、自分の政治的な影響力の小ささを感じてしまうのです。

 

でも、ウェブ上の署名サイトでは単一争点でキャンペーンが展開され、それに賛同する人の数がカウントされるので、ある意見に対する世論が可視化される仕組みになります。それは応援する人、キャンペーンを立ち上げた人双方にとって追い上げになりますし、政治家にとっては脅威になります。

 

選挙の時点で問題にならなかったことでも、後々問題化することは往々にしてあります。そうした時に次の選挙を待つだけでなく、自分たちの思いを政治に訴え、実現する手段として、ウェブ署名はかなり有効な手段だと感じました。

 

学校の中でも選挙だけでなく、自分たちの気持ちを伝えるトレーニングが必要だと感じます。

そうしたトレーニング経験の有無はわかりませんが、高校生が社会の不正に声を上げ、社会を変えた経験を積めたことは民主主義の成熟に非常に良かったと思います。

 

お時間あるときに、是非Change.orgをのぞいてみてください。

応援したいキャンペーンがあるかもしれません。

それでは。

www.change.org

 

toyokeizai.net

 

 

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