中国やロシアなどの権威主義国家の躍進が目覚ましい。リベラルな国際秩序が影を潜めていく中で、日本はどうしていくべきなのか、そのヒントをくれるであろう一冊がこちら。
著者は長年に渡って外交の最前線で活躍してきた元外交官。実務家としての経験と外交理論を混ぜ合わせながら「日本の国益とは何なのか」を論じていく。
東アジア情勢で日本がどういう状況にあるのかを理解し、今後の日本外交の在り方を考えていく上でとても参考になった。
国益とは何か?
国益とは「国家・国民の利益」である。ただし、日本のような民主主義国家においては「国民の利益」のことを指す。最も基礎的な国益は国民の安全、領土の防衛、主権の確保といった国家にとっての死活的な国益である。その上で物質的な豊かさや精神的な快適さなど国家の繁栄という二次的な国益がある。各国には死活的国益に加えて独自の国益があり、こうした国益の調整が外交である。
日本の国益とは?
何が「日本国民の利益」にあたるのか。筆者は3つの利益が日本の国益に該当すると言う。
安全・繁栄・リベラルな国際秩序である。
死活的国益としての国家・国民の平和的な状況は第一に確保すべき利益である。そのうえで経済的な豊かさを追求するべきだと。そして筆者は自国第一主義ではなく、国際協調の中で国益を確保していくべきとする。すなわち、国際法や自由貿易など自由主義的な国際秩序を維持していくことが日本の国益にかなうという。戦後の日本が国際協調から恩恵を受けてきた一方で、現在においてはアメリカの保護主義的傾向や中国が国際秩序形成に乗り出していることで自由主義的な国際秩序が危機に瀕している。だからこそ、リベラルな秩序が重要なのだ。
国際協調を基軸に据えた国益追及の姿勢を開かれた国益と筆者は言う。
日本の国益の脅威-北朝鮮・尖閣諸島問題・南シナ海問題
日本の国益の脅威となる要素は3つ。
(1)北朝鮮の核ミサイルは日本国家・国民の生存と安全を脅かす存在である。
(2)尖閣諸島問題は領土・主権を揺るがし、日本の安全の脅威となりかねない問題である。
(3)南シナ海で中国は南沙諸島などを実効支配し、国際仲裁裁判所の裁定を拒絶している。国際法を無視する中国の態度は法の支配といったリベラルな秩序を脅かす存在となっている。3つ目の日本とのかかわりは沖ノ鳥島との関りである。南沙諸島に関する国際仲裁裁判所の裁定ではいくつかの島は中国が領有権を有さない単なる「岩」であるとの判断がなされた。中国はこれを無視しているが、一方で沖ノ鳥島に対しても「岩」だと主張している。だが、沖ノ鳥島は国連海洋法条約で「島」と認められており、また中国は沖ノ鳥島と南シナ海問題で明らかなダブル・スタンダードをとっている。南シナ海での秩序を保つことがひいては日本の国益につながるのである。
今後、日本はどうしていくべきか?
筆者は「日米同盟+α」を堅持するべきと述べる。
αは中国との関係を念頭に置いたものである。アメリカが自国第一を掲げ、国際協調に亀裂が走り、リベラルな国際秩序が危機に瀕している。それに加えて、中国は軍事的拡大の野心を燃やし、力による現状変更を画策する。間違いなく中国は今後の国際秩序形成のキープレーヤーとなる。そうした際に、日本は価値外交を展開し、対話を通じて現状のリベラルな国際秩序を守り抜くべきだという。もちろん、日米同盟は日本の安全を維持するためにも長期的な利益にかなうし、経済的な繁栄を求めるのならば中国との関係も重要となる。そのうえで消滅の危機に瀕するリベラルな秩序を日本が盛り立てていくべきだとしている。
参考になったところ
歴史的な視点を提供しているのは良かった。
たとえばヨーロッパにおいて国益概念が変遷してきた記述や南シナ海での力の空白を中国が徐々に埋めてきた中国のサラミ戦術に関する記述だ。
前者は
マキャベリズム➡国家理性➡勢力均衡(ウィーン体制➡ビスマルク体制)➡英独対立(勢力均衡の破綻)➡イデオロギー<国益(ファシズム対共産主義・民主主義)という二次大戦の構図➡冷戦の下での長い平和➡冷戦終結に伴うアメリカによる平和➡各国が国益最優先の時代へ
という流れが全体的な構図を手に入れる点でも非常に面白かった。
後者で言えば、軍事的なプレゼンスの空白を徐々に埋めてきたところは面白かった。こんな感じだ。
戦後 二次大戦の敗北による日本の軍事プレゼンスの消失とフランスのインドシナ戦争の敗北による撤退➡西沙諸島の半分を支配
1973年 ベトナム戦争からのアメリカの撤退➡西沙諸島の全島を支配
1988年 ベトナム海軍との衝突➡ファイアリー・クロス礁などを獲得
1995年 在比米軍の撤退(フィリピン)➡ミスチーフ環礁が占拠(フィリピンのパラワン島に近い)…冷戦後の力の空白
2010年代 岩礁の人工島化に着手
やや専門的に感じたので、国際政治や外交関係に興味のある人にはうってつけの本かもしれない。特に東アジアの国際秩序に関する説明は非常に整理されていたように思う。
ヨーロッパでもそうだけど、世界中からリベラルな秩序が消えかかっているんだなあと思った。