新卒教員の教科書

新卒教員の教科書

新卒のあの頃の自分へ向けたメッセージをつらつらと書いております。『新卒教員としてのオリジナルテキスト』をつくろうという試みによるブログ。社会科のこととかビビッときた本の書評とか日常生活のこととか。

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学校の役割とは-基礎集団から機能集団への過渡期-

 

 

若槻千夏さんの発言が波紋を呼んでいる。

 

news zero」の特番「zero選挙2019新時代の大問題」第2部にゲスト出演した若槻千夏の発言が“モンペ”(モンスターペアレント)的だと一時ネットは炎上状態となり、一夜明けて若槻が自身のインスタグラムで謝罪コメントを発表する事態となった。

(中略)

コメンテーターの一人として出演した若槻は、「何かあったらどうするのか。18時以降対応しないで、もし子どもが帰ってこなかったらどうする」などと教師に反論。教師は「それは学校の役目ではなく、たとえば万引きがあったら警察の役目、他に何かあっても親の役目と思う」と意見を述べるも、若槻は「寂しい。もし子どもが帰ってこなければ心配になってさがすが、見つからなかったら学校に電話する。(時間外なら)それも対応してくれないってことですね」と疑問を呈した。 

 

集団の類型論

教師の(期待されている)役割は多い。

学校外でのパトロールであったり、家庭内の問題に対する保護者からの相談対応であったり、幅広い対応が求められる。

しかし、それは教師本来の職務であろうか。

 

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集団は大きく分けて2種類ある。

1つが基礎集団。これは血縁や地縁などを媒介にした集団で、自然に形成される集団である。生まれてから初めて所属するのがこの基礎集団であり、共同体ともいう。

もう1つが機能集団。何らかの目的に基づいて形成された集団で、集団内において目的達成のためのシステムが構築される。学校は機能集団に該当する。

 

ここで問われていることは、学校の機能とは何なのか、ということであり、この発言をきっかけに学校観(教師観?)の違いが噴出したわけである。

 

かつての教師の役割

前述の若槻さんの発言にあるような多様な役割を担う学校観は、1980年代の「金八先生」といった学園ドラマによって構築された感が強い。

1980年代といえば、校内暴力の嵐が全国で吹き荒れていたころである。

ツッパリ、ヤンキーなどなど。当時教員をやっている方によれば「舐められたら終わりだった」「絶対に笑顔を見せなかった」など、今では信じられないような話を聞く。

 

こうした時代において教員の役割の大きな部分として、「自校の生徒が街に繰り出して迷惑をかけないこと」が求められただろう。

夜回り先生だってたくさんいただろう。

「人間的なつながりを作って、ヤンキーを授業に出させる」。そんな地道な苦労を教育実習先の先生にも聞いたことがある。

 

教員だって労働者

ただ、本来的に言えば、教員は労働者である。

勤務時間を終えた後に業務をする労働上の義務はない。

子どもの管理などは家庭の役割であろうし、犯罪行為に対する対処であれば警察の役割である。

 

どこまでを教員の仕事とするかの線引きが極めてあいまいなまま議論が進んできた。

日本企業もそうだが、ルールが明確でなく、暗黙の了解のような「空気」で組織が動く傾向がある。学校も当然、共同体的に動いてきた。時に家族のように生徒をしかり、地域のように連帯の場となる。

 

だが教員の中心業務は授業である。

グローバルに競争が激化している中で、これからの社会を担う人材を育てるためにも学力の向上は極めて重要な学校の役割である。

街の見回りや際限のない生徒指導で疲弊してしまい、満足に授業準備ができない教員が何人といるか。そのジレンマに苦しみ、知り合いの先生が何人精神病にかかったか。

 

本来の役割に回帰しよう

学校は本来の役割である生徒の学力向上に大きく資するべきであって、授業などの教育活動を中心に据えるべきである。そのためにも教員に十分な余裕を与えるべきであって、それができないのであれば労働に対する報酬を適切に配分すべきである。

 

資源は有限である。教師という教育に特化した集団のリソースは教育活動に投下されるべきである。何のために「教科」の免許を取っているのか。

 

分業によって近代社会は発展してきた。学校も当然、「教育」という強みに特化すべきであろうし、何でもかんでもやるのではなく専門家に任せるべきことは任せるべきである。

そして、際限なき業務は徐々に別の組織へとアウトソースすべきであろう。

具体的には家庭や地域、行政などと役割を分担するべきである。

 

※もちろん、家族機能が低下している現状においては、スクールカウンセラーソーシャルワーカーなどと適切に連携することが必要であると思う。家庭の教育力の格差が子どもの進学や就職に大きく影響を与えていることは何としても是正しなければならないと思う。

 

なにはともあれ、若槻さんの発言は考えてくれる機会を提供してくれた。そのことに感謝したい。

 

news.yahoo.co.jp

 

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