Shiras Civics

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「人生をどう生きるか」がテーマのブログです。自分を実験台にして、哲学や心理学とかを使って人生戦略をひたすら考えている教師が書いています。ちなみに政経と倫理を教えてます。

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一学期で意識すべきことは学習規律の身体化

 

教員としてのジレンマがある。

 

授業中の私語をどうとらえるか、という問題だ。

 

私は学習規律を重視するタイプなので、号令をダラダラやったり、教員が話している時に私語をされるとかなり嫌悪感を抱く。

しかし、そうした態度に対して強く注意できない理由があった。

 

それは、授業が面白ければ子どもたちは授業を受けるし、逆につまらなければ授業以外の何かに目を向けるという考えである。

 

詳しくはこちらに書いたので、よければご覧いただければと思う。

 

www.yutorix.com

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しかし、号令などの授業規律に関しては授業の面白さ以前の問題である。

私語だって「はなっから授業を聞く気がない」場合には、授業の面白さとは全く関係ない。

 

号令という授業内での動作が適切に行われるかどうかは、日頃の訓練によるものである。日常生活において身につけない特殊な行為だからだ。

 

授業における学習規律を徹底させるには、まずは授業における望ましい行動をデザインし、リスト化することが重要だ。認識できないものは実現不可能である。

そして、そこから逸脱した場合には、口を酸っぱくして修正されるまで、注意することである。

もし注意しなければ、子どもたちのなかに「あっ見逃された、じゃあ次からもやって大丈夫かな」という心理が生まれてしまうだろう。

 

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溝上慎一氏はある授業を参観した際にこう述べている。

問題は、生徒が教師の指示に従わないことを、教師自身が容認し、次の課題へと授業展開したことである。これでは生徒は、「ワークをしなくてもいいんだ」「この先生の言うことを聞かなくてもいいんだ」という心境になる。結果、次からも生徒が教師の指示を十分に聞かなくなる可能性が高くなる。小さな火事を見逃したことが、後の大火に繋がる。『アクティブラーニング型授業の基本形と生徒の身体化』13-14頁

 

 

授業内において望ましい行動が生徒に身体化されるまで、教師は口を酸っぱくして注意し、是正しなければならない。

 

そもそも学習規律を重視する目的は授業内において生徒の学びが達成されることにある。というのは、私語がやかましくなれば、生徒は集中力をそがれるし、教員はそれを鎮静するために無駄なリソースを消費するからだ。

号令だって、授業と休み時間で気持ちを切り替える機能を持っているとすれば、だらだらやるなら授業に身が入らないだろう。

 

堀裕嗣氏は次のように述べる。少し長いが引用したい。

最初の三か月で授業システムを構築する。

意外と意識されていませんが、生徒たちが荒れ始める最初の場は授業です。いわゆる弱い教科担任の授業から荒れ始めます。ですから、授業においてもシステムを敷くことが重要です。

野中信行先生は「3・7・30の法則」において、システムの定着に30日というめどを示しました。しかし、中学校では、学級のシステムは30日で定着しますが、授業のシステムが定着するには約三か月かかります。要するに、一学期間ずっと、ということですね、学級システムは毎日機能させますが、授業システムは多くて週三回ですから、当たり前といえば当たり前の話です。

一学期には発言の仕方、話し合いの仕方、ノートの取り方、調べ学習の仕方、道具の使い方、しまい方等々、かなり丁寧に説明して、かなりしつこくチェックすることが必要です。また、できれば一学期はどんな低学力生徒でも取り組めるような授業内容を中心にして、意欲を切らさないようにすることも大切です。授業に対する意欲を失った生徒から荒れていく、というのが中学校の現実なのですから。『生徒指導10の原理 100の原則』164頁

 

 

 人間の習慣が定着するには一説に66日が必要という。限られた授業日数の中で習慣化を目指すのであれば、一学期間は最低限必要な期間なのだろう。

ただ、夏休みを経てかなりの生徒は身体化された動作を忘れてしまうだろうから二学期から根気強く言わなければならない。

 

最後に。

まずは教師が手本を見せることである。

やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば人は動かじ、である。

 

お気づきかと思うが、上述の部分は私自身の今学期の反省を述べたものである。

二学期から切り替えないと…

「楽しく」を胸に刻もう

 

授業の時間が近づくにつれて、息が荒くなる。

 

キーンコーンカーンコーン

 

ああ…チャイムが鳴った。授業に行かなきゃ…

 

職員室を出て、教室に向かう階段。一段一段上るごとに息が荒くなる。

 

呼吸が浅くなり、心臓がバクバクする。

緊張は最高潮に達する。

 

やばいな…

 

それでも、どうにか落ち着こうと深呼吸をするが、全然落ち着かない。

 

勢いだけで教室に入り、暗い気持ちで授業を始める。

 

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これは1年間まえの私の実体験である。

 

去年、偏差値が出ないようなクラスを受け持っていた。

 

大学1年から大学院修了までずっと集団塾で教えていた。そこで身につけたスキルは現場でも通用すると思っていた。かなり自信があった。

 

けれども、そこでのスキルはたいして通用しなかった。

 

結局、受験という目的意識があって、だからこそ、負荷の高い授業が成立していたのであって、環境が違いすぎたのだ。

 

むしろ、そこで求められたスキルは、いかに勉強を勉強と感じさせないか、楽しく「のせる」かが重要だった。授業をまじめにやりたい自分としてはかなり絶望したし、塾では「勉強しないなら受験なんてやめちまえ」というスタンスでやってきたので、勉強が苦手でかつやる必要性を感じていない生徒の面倒を見るのは初めての経験だったのだ。

 

挫折、である。

 

毎日、うつうつとした気持ちだった。

4月の最初は楽しそうだし、熱意もあるから言うことを聞いてくる。

 

しかし、だんだん荒れてくる。

 

そうなると余裕がなくなり、最初とばしていたジョークや雑談もしなくなる。

 

教員が暗そうにしていると、生徒は途端にそっぽを向く。

当たり前だ、彼らは勉強というコンテンツには最初から興味がない。彼らは、教師という伝え手のキャラを、人柄を見ているのだ。教師自身のキャラが立っていれば、話が面白ければ、こちらを向くのだ。そうして、指示が通り、授業はうまく回っていく。

 

私が去年痛感したのは、完全な経験不足である。

知識はもちろんのこと、それらを面白く伝えるトーク術、生徒を飽きさせない授業をつくるデザイン力、毎日楽しくいるメンタルヘルスの習慣など…。

 

以来、それらを磨くためにコツコツと修行してきた。

しかし、コツコツと貯めてきた貯金がもうすぐ尽きそうになった。

 

そうなると余裕がなくなって、周りが見えなくなってくる。

楽しそうではなくなってくる。

 

最近、うつうつとした気分で一日を終えることが多く、昔のことを思い出していた。

 

もう二度とあんな期間は過ごしたくない。

 

2年目に入り、1学期ももうすぐ終わろうとしている。夏休みでチャージして2学期からも楽しい授業を提供して生徒を学びに導きたいと思っている。

 

教員が楽しそうに授業をすれば、生徒も楽しくなってくるのだ。今、こうやって認識できるのも昔のことがあったからだ。

 

だからこそ、かつての出来事を忘れてはならないと思ってこの記事を書いた。

 

こうしてふりかえると、なんだか強迫観念みたいだなあ笑

 

 

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日々ネタを集めては使って…

 

騒がしい授業。

 

どんな先生でも、授業中に生徒の私語がやまない場面は見たことはないでしょうか。

もちろん、自分の授業ではなく、同僚の授業も含めてです。

 

去年、私が担当していたクラスの大部分はスポーツ推薦で入学してきた生徒が多くを占めるクラスでした。

 

そもそも「部活のために入学してきた」という意識のある生徒に対して「高校生の本分は勉強することだ」と正論をかましても反発を招くだけです。

それが通用するのは体育科か部活の顧問の怖い先生だけでしょう。

 

若く、頼りない私には恐怖政治による生徒指導・教科指導はできませんでした。そもそも強制があまり性に合わないというのもありますが。

 

ですから、面白い授業をして、生徒を勉強したいと思わせよう、と考えるようになりました。

「教材研究は絶対に負けない領域にしよう」と思って生活の大部分を教材研究に割くようになります。

 

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しかし、そこは新卒ペーペーの授業です。基本的な生徒指導力がないため、ネタを出そうが、聞かない。うるさい。聞かない。そのループ。

しかし、たま~に面白い教材を提示すると生徒たちも食いつきます。普段の有り余るパワーが授業に向かうため、その爆発力はすさまじい。

 

私財を投下して、これ面白そうだな~とコツコツメモしたものを惜しげもなく披露します。

しかし、大抵の場合10投資してもリターンは1です。すぐにネタは尽きます。

 

ただ、こうした体験を何回かしたため、私は生徒が授業を聞かない(私語をする)のは、授業がつまらないからだという認識に立っています。

そして、それに加え、聞こうと思うのは人間関係にもよっていると思うので、ラポールの構築には気を配っています。

 

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収拾がつかなくなってきましたが、言いたいことは

テスト前だけどネタ集めで働き方改革に逆行しているなあということです。笑

 

ちなみに公民で参考になったネタ本です。経済分野では河原和之先生の虜になりました。それでは。

 

教材研究で役に立つテレビ番組【公民科】

 

 

昨日、地理のネタ探しにテレビ番組を活用しているという宮地先生のツイートを見かけました。

公民科でもネタ探しで使えそうなテレビ番組って何だろうとツイートしたところ、コメントをいただきましたのでそれをまとめさせていただきます。

 

 

はやし@育休中さん、まろさん、コメントいただきありがとうございました。

  

はやしさんより

 

 

クローズアップ現代

www.nhk.or.jp

 

バンキシャ

www.ntv.co.jp

 

オイコノミア

www2.nhk.or.jp

 

オイコノミアは残念ながら終わってしまいましたね…

NHK強し。

 

加えて、世界の哲学者に人生相談という番組もお教えいただきました。

 

世界の哲学者に人生相談

www4.nhk.or.jp

 

まろさんより

 

映像19

www.mbs.jp

 

トップニュース

www6.nhk.or.jp

 

国際報道

www.nhk.or.jp

 

映像19は近畿圏を中心に放送されているみたいです。

残念ながら私は見れない…。

 

個人的に

 

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教材研究だと、やっぱりNHKは心強いですね。あと池上彰さんの特番も。

そういえば、NHKドキュメンタリーの「欲望の資本主義」シリーズも面白かったです。

 

欲望の資本主義

www.nhk.or.jp

 

あとは、映像の世紀も使ってます。もちろん公民だけでなく、世界史の授業でも活用しています。

 

映像の世紀

www4.nhk.or.jp

 

宮地先生のように様々なツールで教材研究ができると、研究がさらに楽しくなりますね。

もしこれ以外にもご存知の方がいらっしゃったら是非ご教授いただけたらと思います。

それでは。

 

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授業の成否は結局ラポール

 

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新学期が始まり二か月が過ぎました。

 

高3生も受験に向かってシフトチェンジするころでしょう。

かといって受験!受験!と汲々としていない時期でもあるのかなと思います。

 

私の担当するのは公民科目です。

受験生はセンターでしか使いません。

 

ですので重要度はあまり高くありません。

 

さて、この間の授業で今学期はじめて内職をしている生徒を見つけました。

 

(おお…内職してる!)

 

ビックリしたのが第一ですが、同時に悲しく、悔しくもありました。

 

聴くに値しない授業を提供していると思うと、悔しくて仕方ないからです。

 

しかし、私の考え方が多分に目的合理的なので、「受験突破という目的に照らして行動してるのならいいか…」とその時は見過ごしてしまいました。

 

しかし、全員が同じ行動をとるのであれば、私はもはや授業をする意味はないでしょう。

 

そんなふうに悩んでいたら、こんな記事を見つけました。

www.yacchaesensei.com

 

そうか、そういう対処法があるかと納得する記事でした。

 

とりあえずその日は放置しましたが、いずれこれは解決しなきゃなあと思うのです。

 

一方で私の授業をしっかり聞いている生徒の特徴を思い浮かべると

 

授業外でコミュニケーションを一定程度取っている生徒が当てはまりました。

 

結局は日頃のコミュニケーションの積み重ねで信頼関係が構築される。

そして、授業をコミュニケーションの一環と捉えれば、授業中に教員の話を聞く、自分の意見を述べる、そういう営みも日常生活の延長線上にあるものに過ぎないと思うのです。

ちなみにタイトルのラポールは心理学用語で信頼関係を意味します。

 

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じゃあ私がすべきは何か、というと現実にあらゆる生徒に話しかけるのは難しい。

となれば、授業中で話しかける、目を合わせる、笑顔でいる(好印象でいる)といったところでしょうか…

結局は制限の中で如何にコミュニケーションを重ねるか、という戦略とデザインに尽きるのかな。

う~む、コミュニケーションの悩みは尽きません。

橋下徹氏の発言に見るこの国のリーダーたち

 

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一匹の妖怪が日本を徘徊している、分断という妖怪が。

最近、分断社会というキーワードを目にすることが増えた。

 

さて、橋下徹氏のツイートが注目を集めている。

 

 

 

 

東洋と西洋で異なる為政者観

 

王さまはどうあるべきですか?

 

読者の方はこの質問にどう答えるだろうか。

 

というか、この問いを発すること自体が、すでにある価値観を前提としている。

それは東洋的な為政者観である。

 

東洋の王の理想像は徳をもった君主である。

すなわち徳のある王が統治すれば、安寧な社会が訪れる、という社会観、為政者観である。

 

一方で、西洋はどうしようもない王を殺してきた歴史をもつ。

(もちろん易姓革命を正当性として、愚鈍な王を殺してきたのは東洋も変わらないが)

 

その根底には権力を有する者は暴走する、という価値観がある。

だからこそ、権力同士が監視をしたり、被治者が治者に対して監視をするというプレコミットメントの発想があるのだ。

 

何故こんな話をしたのか、というと橋下徹氏の発言から現代日本の主要なリーダーの姿が浮き彫りになってきたからだ。

 

橋下氏の発言から見えてくるのは

 

橋下氏といえば、前大阪市長であり、その前には大阪府知事を全うした胆力の持ち主である。

私の世代の橋下氏のイメージといえば、「テレビに出てるチャラい弁護士」だった。

しかし、能ある鷹は爪を隠す。

敏腕弁護士はタレントとして知名度を上げ、一躍日本第二の都市の首長となった。 

 

さらにさかのぼれば、名門北野高校を卒業後、早稲田大学へ進学。その後、弁護士として活躍する。

 

さて、このようなエリート街道を走ってきた方に多いのが自助の発想である。

 

何の罪もない子供の命を奪い身勝手に自殺した川崎殺傷事件の犯人に、生きるための支援が必要だったと主張する者が多いが、それよりももっと支援が必要なのはこの親御さんのような人だ。自分の子供を殺めるのにどれだけ苦悩しただろうか

 

 他人様の子供を犠牲にすることは絶対にあってはならない。何の支援体制もないまま、僕が熊沢氏と同じ立場だったら、同じ選択をしたかもしれない。本当に熊沢氏の息子に他人様の子供を殺める危険性があったのであれば、刑に服するのは当然としても、僕は熊沢氏を責められない

 

これらの発言から見えてくるのは次のようなものだ。

 

  • 他人に究極的な迷惑をかける(殺人という形で)子どもを持っていたら、抑止力がないのだから先に殺して迷惑をかける事態の発生を抑制することは倫理的に許される(単純な功利主義
  • 一度ドロップアウトした人間に対しての支援よりも、彼らを抱える親に対する支援を先に整備せよ
  • 子育てを社会的にどうしていくべきかという視点がない

 

かつては為政者として政策立案にかかわっていたであろうに、彼の発言からはドロップアウトした人間に対する救済手段への言及がない。

競争に負けたら負けっぱなしだというのが前提にある。

 

※もちろん、私自身は引きこもりの子を抱える親への支援は大事だと思います。

 

今回の事件のように、農水次官の息子が現在の結果に至るまでに本人の努力や意思という要素はかなりあっただろう。しかし、そこに至るまでに避けられない社会的要因もありうるのだ。

 

そういうときに、社会に対して恨みを持つほど放置していいのだろうか。

社会が救いの手を差し伸べることが大事なのではないだろうか。

 

民主主義社会において王は国民

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橋下氏といえば、大阪都構想行政改革で名をはせた人物である。

それは徹底的な効率性の重視であり、成果主義の重視であり、競争の重視である。

それは一組織の活性化には効果的かもしれない。

 

しかし、あらゆる社会部門において効率性が機能するわけではない。

 

競争に負けて、負けっぱなしで放置していればどうなるのか。

社会が社会であり続けるためには、分断ではなく社会的な弱者への包摂が重要なのではないか。

失敗したら、いつでもリスタートできるような環境の整備が重要なのではないだろうか。

競争社会の成れの果ては、ゲーテッドコミュニティのような物理的な分断から、移民・難民への迫害など精神的な分断までを含む広範な分断社会である。

 

政府部門にできることは如何に分断を食い止めるか、そのシステムの構築にあると思う。

 

為政者に必要なものは、自己責任だけでなく、福祉の視点である。

競争に負けたものには救済を、競争を始めたいものには環境の整備をすべきであろう。

 

現代の日本は新自由主義的な方向に進んでいると言われている。

そして、特に中曽根内閣以降、規制緩和や民営化などをはじめとして、それが実際に具体化されるつある。

 

中央省庁の官僚をはじめ、現代日本のリーダーたちの多くは自己責任的な発想を持っていると思われる。

橋下氏と同様、学歴競争、就活競争を勝ち抜いてきた猛者である。

 

さて、小さな政府に転換したとはいえども、政府の役割は大きい。なぜならば、依然として我々の生活に大きな影響力を与えているのだから。大学への補助金の許認可も消費税の増税も政府が決めているのだから。

 

だからこそ、我々は政府の人間をきちんと選ばなければならないし、もはや東洋的な君主に期待して行動していては生活が破綻するのが目に見えている

 

一億総帝王

 

東洋的な価値観では全人的な君主が理想とされる。

しかし、統治するのもされるのも同じ人間だし、選ぶのも選ばれるのも同じ人間である。

完全無欠な人間などいないし、為政者も間違いうる。

 

だから、我々は為政者を徹底的に監視しなければならないのだ。

 

さて、今度は別の質問をしよう。

 

みなさんはどんな社会を作っていきたいですか?

 

バラバラな社会ですか?まとまった社会ですか?

 

民主主義社会においては国民一人ひとりが王である。

だからこそ、我々一人ひとりが理想の社会像を持つことが重要であり、その具体的な実践があればこそ、為政者への打撃となるのである。

 

競争の重要さは重々承知している。しかし、私自身は今の自己責任を声高に叫ぶ風潮には辟易するし、社会のどこかで困っている人がいれば救い合うような社会が訪れてほしい。

 

最後に憲法第12条を引用して終わりとしたい。

 

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

 

川崎で起きた通り魔事件の被害者、遺族の方にはお悔やみ申し上げます。

教材研究で役に立つサイト【公民科】②

 

第二弾です。

今回はコンテンツ中心のサイトだけでなく、授業実践例が豊富に掲載されているサイトも紹介します。

 

www.yutorix.com

  

 

片岡勝規の公民科倫理教科研究室

 

k-katsunori.la.coocan.jp

 

片岡先生は千葉県の長生高校でご勤務されています。

長生高校といえば、千葉県内でもかなりの進学校です。

 

このサイトの見どころは

  1. 授業実践例が豊富にある。
  2. 授業プリントが全範囲網羅している。

という点にあるかと思います。アンパンマンを題材にしている教材など先生の多様な実践を見ることができます。

私も倫理や現代社会の授業づくりで参考にしています。

 

ロックで学ぶ現代社

 

rock.hideki-osaka.com

 

ロックで現代社会の内容を解説されています。

ビートルズやボブ=ディランで青年期や平和などが解説されているので、トークづくりで非常に参考になります。

 

独立行政法人や中央省庁の教材用ページ

北方領土学習教材

www.hoppou.go.jp

 

北方領土も政治的にとやかく言われていますが、こちらのサイトは公民だけでなく地理や歴史でも使える教材が豊富にあります。

ワークシートや指導案をPDFやワード形式でもダウンロードできるので、授業づくりの参考になります。

 

法教育学習教材

www.moj.go.jp

 

法務省の高校生対象教材のページです。

無料で指導案やワークシートなどをダウンロードできます。

 

金融教育

www.shiruporuto.jp

 

金融広報中央委員会が金融教育に特化したサイトを展開しています。

共助から自助へと社会的潮流が変わっている中で金融リテラシーが強く求められています。

様々な実践が毎年蓄積されているので、一度見てみてはいかがでしょうか。

ちなみに昨年度、こちらの勉強会に参加しましたが、とても勉強になりました。

 

 

 

社会保障教育

www.mhlw.go.jp

 

社会保障教育関連の教材を無料でダウンロードできます。

上記以外にも、中央省庁や独立行政法人などの団体が無料で配布している教材は数多くあると思います。

ご自身の興味ある分野で調べてみるとあるかもしれません。

 

各種教材会社のサイト

 

第一学習社帝国書院などの教科書会社は先生用の教材研究支援ページを設置しています。

リンクを張っておきます。

 

www.teikokushoin.co.jp

 

www.daiichi-g.co.jp

 

まとめ

授業づくりは大変です。一から作るとなるとかなり過酷となるでしょう。

ですから、先人の知恵を借りることは非常に大事だと思っています。

 

書いていて思ったのは、こんなステキな教材を作りたいなぁということでした。

それでは。

教材研究で役に立つサイト【公民科】

 

教育実習の時期です。

既に実習へ行かれている方はもう授業を担当されているかと思います。

これから実習へ行かれる方も授業準備に余念がないのではないでしょうか。

それから私学の採用試験も続々と始まっています。

 

今回は公民科の教材研究で私が参照しているサイトをご紹介します。

実習に行かれる方、これから模擬授業を採用試験で行っていく方の参考になれば幸いです。

 

 

南英世のホームページ

homepage1.canvas.ne.jp

こちらは南英世先生のホームページです。

南先生は大阪の府立高校で勤めあげられ、現在は大阪府天王寺高校で教鞭をとられています。

 

このホームページで必見は、先生の書かれた講義録です。

私は授業のトークをどうするか練るときに参照しています。

 

ちなみに私は南先生のファンです。笑

 

大学入試のための政治経済

www.kyoritsu-wu.ac.jp

 

こちらのサイトは共立女子第二中高の松原先生によるサイトです。

かなり奥深い内容のコンテンツを発信されています。政治経済の分野はすべて網羅されており、また画像も豊富なので、教材研究の参考になるかと思います。

 私はこのサイトを参考にしてパワーポイントを作ることが多いです。

 

各種研究会のホームページ

 

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上記2つのサイトは公民科のコンテンツに関するものです。

一方で、コンテンツに加えて、その教授方法まで言及されたものも多くあります。

 

日本中、様々な研究会があります。

そして各研究会では紀要が発行されており、バックナンバーをウェブ上で無料で読めることが多いです。

授業実践でどうしようか迷われている方がいらっしゃれば論文等を読んでみるのもいいかもしれません。

たとえば都倫研(東京都高等学校公民科「倫理」・「現代社会」研究会)が参考になります。

www.torinken.org

 

他にも様々な研究会があります。またJ-stage等の論文サイトで調べてみるのもいいかもしれません。

 

まとめ

世の中には意外と知られていないコンテンツがたくさんあります。

ここで紹介したものは、私が教育実習に行くときは知りませんでした。だからこそ、色々な人にこんな良いものがあることを、特に実習生には知ってほしいなと思います。

 

それでは。

我々教師の存在意義とは

 

授業準備が大変です。

 

進学コースを教えることになりました。

大学受験生の演習授業も持っているので、プリントやら過去問やらの教材研究、そして今年度から校務分掌も変わったので、忙しくなりました。

 

GWも授業準備で消えそうですが、ここで考えたことをざっと。

 

多くの教員は日々、より良い授業をするべく、教材研究や生徒の観察をしています。

そして、そのために莫大な私財を教育書やセミナーなどに投資していることと思います。

 

ですが、ふと、思いました。

これは、単なる技術論を求めているに過ぎないな、と。

 

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もちろん授業では、教員が話し上手であったり、プリントの作り方がうまかったり、字がきれいであれば、生徒の教員を見る目も変わってきます。

そして、その眼差しは教員にとっては非常に嬉しいものだと思います。

 

ですが、これらは年数を積み重ねればある程度誰しもが手に入れられるものだと思うのです。

となれば、ある程度の年数を重ねた教員のスキルは頭打ちになってくると思うのです。

 

そうしたところで差が出るのは信念なのでしょう。

つまり、「こういう風な生徒になってもらいたい」という理想像です。

 

今、私は技術を求めてばかりいます。それは目の前の課題を解決するのには非常に有効です。

ですが、結局、それが何につながるのか、目的が明確でなければ、その指導がどう身を結ぶのか、わからないままです。

理念をもって授業ができないのです。

 

GW、基本に立ち返り、自分の理想を形にしたいと思います。

 

どういう生徒を育てたいのかな~

 

それでは。

意味のない会話の意味

 

 

 

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意味のない会話がキライでした。

 

ダラダラと内容のないことを言われると、

 

「こいつは何が言いたいんだ?」

 

とイライラしてきます。自分の時間が奪われている感覚になるのでしょうかね。

 

しかし、教師という職業は人との会話は避けられません。

他の先生方を見ていると、生徒と他愛のない会話をして、談笑しているのを見るとうらやましくなることが多かったです。

なぜなら、私は意味のない会話を嫌ってきたために、意味のない会話をふっかけることをしてこなかったからです。

 

大人になって

 

思い返せば、学生時代の私はこのツイートにあるような子でした。

斜に構える、世の中を穿ってみる、そういう子です。

 

大人になると、接触する相手は選べません。僕と同じような子がいても話しかけづらいわけです。というのも、反応が薄いから何を考えているのかよくわからない。

「意味のない会話」はせずに、何か伝えることがあるときに生徒に話しかけていました。

 

そうして会話を避けてきた結果、コミュニケーションへの自信のなさが残ってしまいました。

 

コペルニクス的転回

p-shirokuma.hatenadiary.com

 

日和や季節についての会話や、女子高生同士のサイダーのような会話も、しばしば「内容のない会話」の例として槍玉に挙げられる。しかし、交わされる言葉の内容そのものにはあまり意味が無くても、言葉を交換しあい、話題をシェアっているということ自体に、大きな意味がある。
 
 言葉には、一種の“贈り物”みたい効果があって、言葉を交換しあうことが人間同士に信頼や親しみを生む。というより、黙っていると発生しがちな、不信の発生確率を減らしてくれる、と言うべきかもしれない。
 
 人間は、「私はあなたの存在を意識していますよ」「私はあなたとコミュニケーションする意志を持っていますよ」と示し合わせておかないと、お互いに不信を抱いたり、不安を抱いたりしやすい生き物だ。だから、会話内容がなんであれ、お互いに敵意を持っていないこと・いつでもコミュニケーションする用意があることを示し合わせておくことが、人間関係を維持する際には大切になる。

 

意味のない会話にも、意味はある。

 

人は一人では生きていけません。ましてや教員はチーム戦ですから、チーム同士の連携が必須です。そして教員は生徒や保護者との関係構築能力が非常に重要です。

関係を作るにはコミュニケーションをとることが大事で、その手段として意味のない会話を積極的にすることが大事なのです。

こうした効果をザイオンス効果(単純接触の原理)というそうです。

 

では、苦手な自分はどうしたらうまくできるようになるのか。

 

 一番良いのは、子ども時代から挨拶や世間話を毎日のように繰り返して、そのことに違和感をなにも覚えない状態で育ってしまっておくことだと思う。毎日挨拶ができること・世間話を楽しむことには、文化資本ハビトゥス)としての一面があるので、物心つかない頃からインストールしてしまっているのが一番良い。
 
 だが、一定の年齢になってしまった人の場合は、自分の力でコツコツと身に付けていくしかない。その際には、会話の内容だけでなく言葉を交換すること自体にも重要な意味があることをきちんと自覚して、「こんな会話に意味は無い」などと思ってしまわない事。それと、そういう会話を上手にこなしている人達を馬鹿にするのでなく、社会適応のロールモデルとして、真似できるところから真似ていくことが大切なのだと思う。
 
 そしてもし、今の職場で挨拶や世間話をする機会が乏しいなら、そのままほったらかしにしておかないほうが良い。世の中には、挨拶や世間話をする機会が非常に乏しく、業務上のやりとりだけの職場も存在するが、それをいいことに言葉の交換をおざなりにしていると、じきに「空っぽのコミュニケーション」ができなくなってしまう。そのような人は、職場以外でもどこでも構わないから、挨拶や世間話を実践して、「空っぽのコミュニケーション」ができる状態をキープしておいたほうが良いと思う。いざ、「空っぽのコミュニケーション」が必要になった時、慣れていないととっさに出来ないものだから。

 

周りの人を観察し、コミュニケーション強者から吸収していこうと思います。

まずはたくさんしゃべる機会を自分から作っていこうかな…。

 

殻を破ろう

https://pbs.twimg.com/media/D3XadooUYAA0xPi.jpg

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居心地の良い環境に居続けることは精神の安定に不可欠です。でも、それが殻にこもることを意味してしまうことも。

だから、殻を破っていくことで成長していくと思うのです。

 

生徒に対して苦手を克服しろという前に、自分が苦手に克服する姿勢をもとうと思います。

それでは。