こんにちは、しらすです。
人生100年時代という言葉をニュースや新聞など至るところで聞くようになりました。日本政府が推進してきた未来社会像も既に定着している感があります。
100歳を超えた方々に対しては、「金〇〇、〇さん」としてマスコミに取材されたり、市町村から表彰されたり、一般的にはめでたいものとして扱われていますから、人生100年時代も肯定的に捉えられています。できることなら長生きしたいですもんね。だけど、私は人生100年時代は実現可能性が少ないなあと思っていますし、実現したところでハッピーなユートピアにはならないだろうなと思っています。
そもそも人生100年時代って?
元々はイギリス人のリンダ・グラットン氏が『LIFE SHIFT』という著書の中で唱えたものです。健康寿命の長期化が起こり、それに備えるための社会システムとして、生涯を通じた学び直し高齢者の雇用促進が政策として求められるようになっていく、と。
安倍首相がグラットン氏を政府の会議に呼び、国を挙げてこれに取り組む姿勢を見せています。
▶内閣府ホームページ:人生100年時代構想会議
▶厚生労働省ホームページ:「人生100年時代」に向けて|厚生労働省
疑問①医療費はだれが出すの?
健康寿命が伸びる、という推計があります。たとえば、日本の平均寿命も1950年から見ると大幅に伸長しました。
出典:「平均寿命と健康寿命の差に注意」
https://www.d1yk.co.jp/info_health/2017/03/post-35.html
※1950年及び2010年は厚生労働省「簡易生命表」1960年から2000年までは厚生労働表「完全生命表」、2020年以降は、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平均24年1月推計)」の出生中位・死亡中位過程による推計結果
健康寿命に関するデータはたくさんあったんですが、1950年からのものはありませんでした。ただ大体、男女ともに平均寿命から10歳引けば健康寿命になります。
結論から言いましょう。今後は、高齢者間でも格差が拡がって医療の恩恵に授かれる人とそうでない人が出てくるので、100年を迎える人もいれば、早くに病に侵される人も出てくる医療格差の時代になると思います。
経済成長による所得水準の向上を通じた生活水準の上昇、公衆衛生の改良、医療技術のイノベーションと医療費の低廉化および国民皆保険という奇跡的な環境・制度のおかげで、戦後日本の健康・平均寿命は大きく伸びを見せました。
ただ、かつてと異なり、現在の日本は成熟社会です。加えて人口減少が本格化しますから、経済は縮小していくでしょう。また、医療保険制度も現状は自己負担を1~3割に抑えていますが、高齢者が増加していけば、自己負担額が増加していくことが見込まれます。持続可能な社会保障制度のためには仕方ありません。
また、医療技術が進歩しても、それにアクセスできるかは別の話です。技術が開発された当初は付加価値が非常に高く、また量産体制がなければ、価格は低下しません。前述のように、医療費の自己負担額が増加していれば、アクセスの差が生じます。政府が支援をすればいいのですが、現下の財政状況でどこにそんなお金が?という感じです。
また、行政の機能低下も要因となってくるでしょう。地方公共団体の財政状況は国よりも厳しく、中には夕張市のように財政破綻する市町村も出てきました。これは国も同様のことですが、借金をすればその借金返済に予算が占められるようになり、財政の自由度が減少します。地方の人口減少で税収が減り、ただでさえ財政状況が悪く中で、財政の自由度が減る。すると行政の機能が低下し、たとえば公衆衛生も十分には維持できなくなる。水道の民営化はその一例かと思います。
格差が拡大しているにもかかわらず、環境の悪化や自己負担額が増加すれば、誰しもが人生100年を迎えるのが困難であるとわかります。
疑問②政策は何を目的にして出されたの?
今の日本は人手が足りていません。ですから、民間企業の給与水準は上昇しているわけですね(といっても業界によって大きく異なるし、やっぱり飛躍的に伸びているのは成長産業です)。
出典:毎日新聞2017年6月2日「<論点>人口減少 どう備える」https://mainichi.jp/articles/20170602/org/00m/070/005000c
人口減少を補うべく、政府は女性に働いてもらうために女性の社会進出を掲げましたが、高齢者にも働いてもらうために高齢者の雇用促進を進め、定年の延長を検討していますね。というか70歳になりましたね(努力義務ですが)。そういった文脈で政府が人生100年時代を検討しているとすれば、単純に経済成長を今後も継続し、経済規模を維持するための人手不足解消手段として、高齢者にも働いてもらう。また、医療や年金サービスの受給者だけでなく、負担者としても活躍してもらわないと困る、というような目論見で政策が推進されているんでしょう。自己実現だリカレント教育だ、というのは経済成長を政府が躍起になって維持したいからだと思います。
まとめ
結論!格差の到来と政府の財政のさらなる悪化で、誰しもが100年時代を迎えるのは無理だと思います!
リーダーはテレビや本に影響を受けて、「これ、いいんじゃね~」というノリで政策を始めることがあります。首相レベルなら、ライフシフトを読んで、これいいんじゃね~ってノリで著者を政府委員に呼ぶことも余裕です。与党ってだけで、いろいろ動かせるんですよね。
でも、本気で100年時代だと思っているなら、ベーシックインカムなど社会保障制度改革や税制改革など国家100年の大計と呼ぶべき社会政策の深いところまで突っ込むと思うんですが、そうはなっていないのが単に思い付きなんだろうなあと思う所以です。
思い付きで政策を始めるなよってところに関しては教育社会学者の松岡先生が批判しているところです(教育政策に限ってですが)。
こんな穿った見方をしているのは、社会科の教師だからなのか、はたまた私自身がそういう性分だからなのか、あるいは相乗効果でレベルアップ(?)できているからなのかはわかりませんが、人生100年時代にはこういう見方もあるなだなあと思っていただければと思います。それでは。
▼過去記事もご参照ください。