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【大人のための政治経済】香港の自由と民主主義は失われてしまうのか?

 

香港で国家安全維持法が成立しました。

世界で何が起きているのか、民主主義の研究者として、公民科教員として注視しなければならないと感じ、この記事を書いています。

 

 

香港国家安全維持法の成立

16 June 2019 antiextradition 111


 

香港国家安全維持法が成立しました。

明らかになっている法の内容は下記の通りです。

  1. 国家からの離脱、転覆行為、テロリズム、香港に介入する外国勢力との結託といった犯罪を犯した場合、最低3年、最高で無期懲役が科される
  2. 中国中央政府と香港の地方政府への憎悪を扇動する行為は第29条違反となる
  3. 公共交通機関の施設を損傷する行為はテロリズムとみなされる可能性がある。長期にわたるデモでは、抗議者たちは市内のインフラを標的にすることが多かった
  4. 有罪となった者は公職に立候補できない
  5. 中国中央政府は香港に新たな保安施設を設立し、独自の法執行官を配置する。施設も法執行官も香港の地元当局の管轄外となる
  6. 香港特別行政区行政長官国家安全保障事件における裁判官を任命できる。香港の法務長官が陪審員の有無を決定できる
  7. 地方自治体が設置した国家安全保障委員会の決定に対し、法的な異議申し立てはできない
  8. 中国が「非常に深刻」とみなした事件の起訴を引き継ぎ、一部の裁判は非公開で行う
  9. 外国の非政府組織や通信社の管理を強化する
  10. 同法第38条に基づき、非居住者が海外から同法に違反したとみなされる可能性もあるとみられる
  11. 6月30日の施行以前の行為については適用されない。

出典:「香港国家安全維持法」が施行 最高刑は無期懲役 - BBCニュース

 

自由と民主主義の観点から、香港国家安全維持法の制定が何を意味するのか、考えてみたいと思います。青の太字部分は、特に自由・民主主義にとって関係のある個所です。

 

自由の大幅な制限と治安権限の委譲

先進国の多くは自由民主主義国家です。

香港も一国二制度の下で高度な自治を認められ、自由や民主主義を謳歌していました。

 

しかし、今回の法改正でそれらはもはや過去のものとなるかもしれません。

 

自由民主主義を研究したロバート・ダールという政治学者がいます。

 

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彼によれば、自由民主主義とは政治参加(自由)異議申し立て(民主主義)の度合いが高いレベルにある政治体制を指します(彼はポリアーキーと呼びました)。

政治参加のレベルが高いかどうかは、普通選挙の有無でわかります。一方で、異議申し立てというのは、政治に不満がある場合は、請願や世論という形で不満を表明することができるかどうかを指します。

香港の場合は、トップである行政長官を選ぶ仕組みとして間接選挙を導入しています。具体的には、指名委員会という組織が候補者を2~3名に絞り、その中から住民が一人一方で決めていくシステムです。

候補者選定の段階で住民の意思が反映されず、密室政治になってしまう、親中派の行政長官しか当選しない、といった懸念がありました。

政治参加の度合いは普通選挙に比べて低く、2019年から続くデモでは、普通選挙の導入が求められていました。

 

一方で言論の自由が保障され、異議申し立ての度合いは高いといえます。

その他、資本主義や司法の独立が認められ、中国とは異なる政治経済体制が敷かれていました。

 

今回の立法では、この異議申し立ての部分が大きく制限されます。

つまり、抗議活動や政府批判などの言論の自由が大きく制限されるということです。

たとえば、冒頭に箇条書きしたリストの1・2によれば、香港政府に対するデモに対しては最高刑が無期懲役となっています。

さらには5では、中国政府管轄の治安維持組織・法執行官の設置が規定されていますが、これにより香港の自由民主主義活動は確実に停滞し、ゲシュタポよろしく監視国家(地域)へと変化していくと思われます。

というのも、中国政府の管轄であるため、香港住民の意向が反映されることはありませんし(そもそも政治過程に住民の意思を吸収する回路もありませんが)、法執行官も中国共産党から派遣されているため、厳格に法の執行を行っていくと思われます。

こうした抑圧が、香港市民に対する委縮効果を招き、抗議行動が沈静化していくでしょう。歴史の教訓として、権力者は警察権力を必ず確保しました。戦前の内務省特高警察しかり、東ヨーロッパしかり、強力な警察権力の下で多くの人権侵害が行われました。

※記事を書いている途中にニュースが舞い込んできました。

www3.nhk.or.jp

また、6で国家安全保障事件については行政長官が裁判官を任命できること、8で一部非公開の裁判が可能になったことで、判決過程がブラックボックス化し、さらには裁判官が行政権力と結びつくことで、冤罪などの人権侵害が生じる恐れが高まります。

日本の歴史を学んだ方であれば、戦前の大日本帝国で行政権と司法権が結びついて人権侵害が行われた例を知っていますね。だから、日本国憲法では、基本的に公開裁判の原則が採用され、政治犯罪や出版犯罪、基本的人権に関する裁判については必ず公開しなければならないのです。

 

自由民主主義の素晴らしい点は、自浄作用が働く点にあります。

構成員間で合意を図り、進路を決め、社会のかじ取りを図る、もし進路を間違えれば、自分たちで修正できる、それが自由民主主義の称賛されるべきところです。

 

しかし、自浄作用が働かないときもあります。

そうした時に外からの圧力が大きく事態を改善させることがあります。

たとえば、南アフリカアパルトヘイトは国際社会の圧力によって変更を余儀なくされました。

日本においても人権状況改善を目指す立法措置は国際条約の批准が背景にあります。

戦争だって止める力があります。ベトナム戦争は最前線の悲惨な状況がカラーの映像でアメリカ国民のお茶の間に届いたから、自分たちの正義に人々が不信感を抱いたことで、反戦運動が大きく展開されるようになりました。

 

けれども、香港において今後NGOや外国メディアの活動に対する管理が強化されれば、国際社会が香港で何が起きているか、知る機会を失います。

そうなれば、圧力をかける以前の話です。外圧も働かず、異議申し立ての機会もないため自浄作用も働かないならば、香港の自由民主主義は死んでいくしかないでしょう。

 

立法の影響

 

知る権利や表現の自由は民主主義の根幹である権利です。

何か不正が行われていれば、その不正を糾弾することができる。

そして、その不正の過程や背景を明らかにし、自ら浄化していく、そうしたサイクルを働かせるためにも不可欠だったのです。

けれども、香港国家安全維持法の成立によって、香港市民の表現の自由は制限され、改善の契機は失われました。もう不可逆的な流れです。

 

ダールの分析枠組みによれば、香港の民主主義(政治参加)はすでに形骸化し、今回の法改正では自由(異議申し立て)を失ったといえます。

 

今後、起こりうることとして、香港の多くのビジネスエリートがイギリスやアメリカ、日本などの先進自由民主主義国家に移住するかもしれません。

 

すでにイギリスが香港市民に対する市民権付与を表明しています。

www.bbc.com

 

10年後の子どもたちは、「かつて香港には自由と民主主義が認められていました」と、歴史の一部として学ぶのかもしれません。

 

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参考